ジーニアス:アレサ|全話ネタバレ・キャスト・時代背景・予告動画

海外ドラマ「ジーニアス:アレサ」あらすじキャスト

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海外ドラマ「ジーニアス:アレサ」(全8話)についてまとめました。

『ジーニアス』は、歴史上の偉大な“天才”たちの人生をドラマ化したナショナルジオグラフィックのアンソロジーシリーズ。第1弾のアインシュタイン、第2弾のピカソに続く第3弾は、ソウルの女王アレサ・フランクリンの人生を描きます。

7500万枚以上ものレコードを売り上げ、グラミー賞やアメリカン・ミュージック・アワードなど数々の音楽賞を受賞したアレサを演じるのは、2019年の映画「ハリエット」でアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の主演女優賞にノミネートされたシンシア・エリヴォ。

作品概要

  • 放送局:ナショナルジオグラフィック
  • 放送時間:2021年6月29日(火)から毎週火曜22:00〜ほか
  • 製作国:アメリカ(2021年)
  • 原題:Genius: Aretha
  • 脚本:スーザン=ロリ・パークスほか
  • 監督:ニーマ・バーネットほか
  • 製作総指揮:スーザン=ロリ・パークス/クライヴ・デイヴィスほか

あらすじ

幼い日、アレサは父C・L・フランクリンの巡回説教の場で歌いその歌声で喝采をあびる。1967年。ヒットに恵まれないアレサは、最後のチャンスと考えアトランティックレコードでアルバム録音に挑むものの、レコーディングは夫、テッドの独占欲で失敗に終わる。だが、プロデューサーのジェリー・ウェクスラーは諦めず連絡してくる。父の紹介で敏腕マネージャーのルースが付き、ついに大きなステージに立ち、ソウルの女王になる。

ナショナルジオグラフィック公式サイトより

予告動画

アレサ・フランクリンについて

アレサ・フランクリン(1942~2018)は、米国テネシー州生まれのソウル歌手です。

12歳の頃からゴスペルを歌うようになり、1960年にコロムビア・レコードと契約して歌手デビュー。1966年にアトランティック・レコードへ移籍し、ソウル・ミュージックへ路線を変更しました。

「リスペクト」「ナチュラル・ウーマン」「小さな願い」など数多くのヒット曲を発表し、「ソウルの女王」と呼ばれ、生涯でグラミー賞を18回受賞。1987年には女性として初めてロックの殿堂入りを果たし、2005年にはホワイトハウスから大統領自由勲章を授与されています。

公民権運動や女性の権利拡大を求める運動を支持し、大きな影響を与えたことでも知られています。2010年にがんと診断されて以降も音楽活動を続けていましたが、2018年8月16日に亡くなりました。享年76歳。

時代背景

年代出来事
1960年ベトナム戦争(~1975年)
日米新安全保障条約が結ばれる
1961年東ドイツがベルリンの壁を設置
1962年女優マリリン・モンローが死去
キューバ危機
1963年ケネディ大統領が暗殺される
1964年日本で東京オリンピック開催
1965年マルコムXが暗殺される
1968年キング牧師が暗殺される
1969年アポロ11号が人類初の月面着陸
1970年ビートルズ解散
1973年オイルショック
1975年サイゴン陥落、ベトナム戦争終結
1980年イラン・イラク戦争開戦
ジョン・レノンが殺害される
1981年レーガン大統領就任

登場人物(キャスト/吹き替え)

フランクリン家

アレサ・フランクリン(シンシア・エリヴォ/声:坂本 真綾)
幼い頃から父の巡回説教の場で歌い、喝采をあびる。1960年にゴスペル歌手としてデビューするもののヒットに恵まれず、アトランティックレコードへ移籍。一躍スターの座に躍り出て“ソウルの女王”と呼ばれるようになる。

C・L・フランクリン(コートニー・B・ヴァンス/声:山路 和弘)
アレサの父。デトロイトの教会で牧師を務める。説教師としても高い人気を誇り、自らの説教を録音したレコードアルバムを発売している。娘アレサをプロの歌手にすべく尽力する一方で、私生活では問題行動の多い人物。

バーバラ・フランクリン(アントニーク・スミス)
アレサの母。アレサが9歳のとき、C・Lの浮気に耐えられず家を出ていった。

アーマ・フランクリン(パトリス・ コヴィントン)
アレサの姉。歌手として活動している。

セシル・フランクリン(Steven G. Norfleet)
アレサの兄。牧師。

キャロリン・フランクリン(レベッカ・ナオミ・ジョーンズ)
アレサの妹。歌手。

そのほか

ジェリー・ウェクスラー(デヴィッド・クロス)
アトランティックレコードの大物プロデューサー。アレサを引き抜き、“ソウルの女王”として大ヒットさせた立役者。

テッド・ホワイト(マルコム・バレット)
アレサの最初の夫。独占欲が強く、暴力的な一面を持つ。

ルース(キンバリー・エベール・グレゴリー)
アレサの敏腕マネージャー。父の紹介で、テッドからマネージャーを引き継いだ。

ジェームズ・クリーブランド(オマール・J・ドーシー)
牧師。アレサの父C・Lの友人で、一時期フランクリン家に居候していた。幼いアレサのよき理解者となるが、ある理由からC・Lの怒りを買い、追い出されてしまう。

キング牧師(イーサン・ヘンリー)
黒人解放運動・公民権運動の指導者。フランクリン家とも交流があり、父と夫の束縛に悩むアレサに助言を与える。1968年にテネシー州メンフィス市で暗殺された。

ケン・カニンガム(T.I.)
デザイナー。仕事でアレサと知り合い、付き合うようになる。

グリン・ターマン(ルーク・ジェイムズ)
俳優・演出家。アレサが演技のレッスンを受けた講師。のちに結婚してアレサの2番目の夫となる。

クライヴ・デイヴィス(クリストファー・レッドマン)
アリスタ・レコードの創設者でありプロデューサー。

各話のあらすじ(ネタバレ有)

1967年。アレサは夫テッドとともにマッスル・ショールズのフェイム・スタジオへ向かっていた。コロムビアレコードからデビューするもヒットに恵まれず、最後のチャンスと考えてアトランティックレコードに移籍したのだ。
プロデューサーのジェリー・ウェクスラーのもと、レコーディングに臨むアレサ。だがアレサとバンドマンの仲に嫉妬したテッドが諍いを起こし、レコーディングは中断されてしまう。
絶望したアレサはデトロイトに帰るが、ウェクスラーは彼女を呼び戻し、レコーディングを再開。第1弾シングルとアルバムは大ヒットし、一躍スターの座に躍り出る。やがて大きなステージに立ったアレサは、“ソウルの女王”として王冠を授与される。成功を喜ぶ夫テッドだったが、アレサは離婚を切り出す。
1954年。12歳のアレサは牧師の父C・L・フランクリンの期待を受け、教会で初めて歌声を披露。大喝采を浴びる。C・Lはアレサを巡回伝道に連れて行くことを決める。

1963年。アレサが“ソウルの女王”になる4年前。アレサは売れることを夢見て、ニューヨークで地道な歌手活動を行っていた。アレサが所属するコロムビアレコードは彼女をジャズ歌手として売り出そうとしていたが、アレサ自身はジャンルにこだわらずいろんな曲を歌いたいと考えており、プロデューサーのハモンドと意見が対立していた。
アレサは念願のテレビ番組「スティーブン・アレン・ショー」に出演し、大物プロデューサーのジェリー・ウェクスラーと出会う。「あなたが“アレサ・フランクリン”を見つければ、売れる」という助言を受け、その場でピアノを演奏し歌い上げるアレサ。ジェリーの心を掴んだアレサは、アトランティックレコードに移籍する。
1954年。アレサは父C・Lのゴスペル・ツアーに同行し、クララ・ウォードと知り合う。クララが母親になってくれることを願うアレサだったが、父の周りには常に複数の女性がいた。ツアーから戻った後、アレサの妊娠が発覚。相手はわからず、祖母はC・Lを責める。C・Lは「神が与えた使命」だと言い、出産を受け入れる。

1967年。アレサは“ソウルの女王”の称号を得て多忙を極める。そんな中、公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング牧師がテレビで話すのを見て、自分も行動を起こそうと考える。
ツアーを中止してデトロイトに戻ったアレサは、暴動によって荒廃した街を目の当たりにする。アレサは父の反対を押し切って、キング牧師が資金集めのために企画したコンサート・ツアーに参加。無理がたたって舞台で倒れ、右手を骨折してしまう。
父C・Lと夫テッドに束縛されているアレサに、キング牧師は「心の自由を得るには、まず個人の自由を手にしなければ」と助言する。1968年4月4日、キング牧師は暗殺される。
1955年。赤ん坊を産んだ幼いアレサは父のゴスペル巡回に復帰する。ゴスペル歌手だったサム・クックがポピュラー音楽を歌うライブを観て大いに刺激を受けたアレサは、舞台でのびのびと歌い、観客の心を掴む。

1968年。アレサはタイム誌の取材を受け、表紙を飾ることが決まる。スキャンダルを恐れ、不都合な事実については黙るよう、事前に家族と口裏を合わせるアレサ。
だが発売された雑誌の記事は、アレサの私生活や過去を暴くスキャンダラスな内容だった。アレサが夫テッドを問い詰めると、電話取材で事実を話したと明かす。アレサはテッドとの離婚を決意する。
1941年。若きC・Lと妻バーバラはナッシュヴィルで布教生活を送っていた。C・Lの留守中、妊娠中のバーバラのもとにジェニングス夫人が訪ねてくる。C・Lが彼女の12歳の娘を妊娠させたことを知ったバーバラは、C・Lを家から追い出す。
アレサが産まれ、「許してくれ」と詫びるC・L。泣きながら懺悔するC・Lを見て、バーバラは彼を許す。

1970年。テッドとの別居を決めたアレサは、黒人の人権問題について立ち上がるべきだと考え、プロテストアルバムを作ることに。政治色が濃くなることに懸念を示すジェリーに対し、アレサはプロデューサーとしてクレジットされない憤りをぶつける。
そんな中、アレサは兄からデザイナーのケン・カニンガムを紹介される。互いに離婚していないことを告げながらも、惹かれ合う2人。父C・Lはアレサが不当な罪で投獄された黒人女性を救おうと演説するのを快く思わず、非難する。
完成したアルバム「ヤング・ギフティッド・アンド・ブラック」は大ヒットを記録し、グラミー賞を獲得。だがアレサが信頼を寄せるサックス奏者キング・カーティスは1971年8月に自宅前で暴漢に刺され、死亡する。
1951年。アレサが9歳のとき、母バーバラがC・Lの浮気に耐えきれず、子供たちを連れて行くことを許されないまま1人で家を出る。アレサは母と一緒に暮らすことを望むが叶わず、やがて母の訃報が届く。

1972年。過去の記憶に苦しめられ、療養を余儀なくされるアレサ。ロサンゼルスにいるクリーブランド牧師を訪ねたアレサは、自分のやり方を見つけようと彼の教会でレコーディングすることを思いつく。
ジェリーはもっと大きな教会で録音し、ドキュメンタリー映画を作ることを提案。話を聞きつけた父C・Lが自分の教会を提供すると言い出し、父の介在を拒むアレサはレコーディングを中止してしまう。
クリーブランドに説得されたアレサは、レコーディングを再開。シドニー・ポラック監督による映画撮影も同時に行われることに。アレサの歌う「アメイジング・グレイス」に観客たちは興奮し、歓声を上げる。
2日目の夜、父C・Lが教会に現れる。アレサは父が歌っていた昔の曲と、自身が幼い頃にレコーディングした曲を父の目の前で歌い上げる。アルバム「アメイジング・グレイス」にはアレサの名がプロデューサーに連ねられ、ゴスペルライブ盤の中で最高の売上を誇ることになる。
1956年。アレサは学校で「演説の才能がある」と教師から褒められ、卒業演説に推薦されることに。だが2度目の妊娠が発覚し、アレサをかばったクリーブランド牧師はC・Lの怒りを買い追い出されてしまう。C・Lはアレサの意思を無視して退学させ、教会で初アルバムのレコーディングをさせる。

1975年。ジェリーは流行のディスコを取り入れるよう提案するが、アレサは受け入れない。アルバム「YOU」を最後に、ジェリーはアトランティックを去る。
アレサは映画出演を狙い、俳優グリン・ターマンから演技レッスンを受けるが、役を得ることはできなかった。焦ったアレサは妹キャロリンが受けた仕事を横取りし、彼女のソロのチャンスを奪ってしまう。キャロリンは激怒し、ケンはアレサの強引なやり方を非難して去っていく。
1977年、アレサは確実と言われたグラミー賞を逃す。だが会場でアリスタの創設者クライヴと会い、改めて音楽と向き合おうと決意。寄り添ってくれたグリンと結婚する。
アレサはラスベガスでディスコソングのライブを成功させる。同じ頃、父C・Lはデトロイトの自宅で強盗に襲われ、銃弾を受ける。

1979年。アレサは父が撃たれたという知らせを受け、病院へ駆けつける。C・Lは手術で持ちこたえるものの、意識が戻らないまま退院する。父の存在の大きさを知ったアレサは看病のためデトロイトに通うようになり、頻繁に家を空けるアレサに夫のグリンは不満を漏らす。
アレサはクライヴ・デイビスの誘いを受け、アリスタ・レコードに移籍。R&Bチャート1位に返り咲く。1984年、C・Lは意識が戻らないまま亡くなる。
1998年。アレサは第40回グラミー賞授賞式で、パヴァロッティが歌うはずだったオペラ『トゥーランドット』のアリア「誰も寝てはならぬ」を、風邪で歌えなくなった彼の代わりに歌ってほしいと急遽頼まれる。
アレサが生放送で歌った「誰も寝てはならぬ」は大喝采を受け、グラミー賞授賞式を救ったと讃えられる。
2018年8月16日、アレサはデトロイトの自宅で家族や友人に囲まれ、この世を去る。享年76歳。

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