ネタバレ有「死との約束」原作あらすじ解説|ペトラ遺跡で起きた変死事件

「死との約束」原作あらすじ解説

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アガサ・クリスティの長編小説「死との約束」を読みました。

アクロイド殺し」「予告殺人」「ABC殺人事件」「蒼ざめた馬」「ねじれた家」「オリエント急行の殺人」に続く7冊目。

これは…すごく面白かったです!

フジテレビでドラマ化されるというので読みましたが、題名も聞いたことがなく、地味な作品なのかな、と思っていました。失礼しました。隠れた名作ですね。

事件が起こるまでの前半部分、ポアロはほとんど登場しません。ところがこの「前半部分」がとんでもなく面白い。

もちろんポアロ登場以降の謎解きもすばらしく、期待に違わず驚きの結末が用意されています。

日本版ドラマはこちら↓

日本版「死との約束」あらすじネタバレ感想 日本版「死との約束」ネタバレ感想|クリスティであり三谷作品

登場人物(ネタバレなし)

主要人物

エルキュール・ポアロ
ベルギー人の私立探偵。中東を旅行中、ホテルで偶然“殺人計画”について語る青年の声を聞く。その後、アンマンに運び込まれた遺体が青年の継母であることを知り、カーバリ大佐の依頼を受けて捜査に乗り出す。

サラ・キング
イギリス人の医学士。人なつこくて親切な女性だが、短気で尊大なところがある。列車内でレイモンドと出会い、やがて母性的な愛情を感じるようになる。

テオドール・ジェラール
心理学の分野で著名な医学博士。フランス人。エルサレムのホテルで偶然見かけたボイントン一家に興味を持ち、心理学的な視点で観察する。

カーバリ大佐
アンマンの警察署長。ポアロの知人であるレイス大佐の古い友人。秩序を重んじ、心理学に懐疑的。突然舞い込んだ変死事件の調査をポアロに依頼する。

ボイントン家

ボイントン夫人
アメリカから来た金持ちの未亡人。もと刑務所の女看守で、強い権力欲と支配欲を持つ。心臓病を患いながらも、圧倒的な力で子供たちを支配する「暴君」。

レノックス・ボイントン
ボイントン家の長男。30歳。継母に対する反抗心も既に失せ、無気力・無感動に甘んじている。妻がほかの男を選ぼうとしているのを知り、ようやく目を覚ます。

ネイディーン・ボイントン
レノックスの妻。物腰の静かな黒髪の女性。看護師見習いをしていたが、ボイントン夫人の依頼で一家と同居することになり、4年前にレノックスと結婚した。義母の支配から抜け出すべく、必死にあらがう。

レイモンド・ボイントン
ボイントン家の次男。臆病で内気な、感受性の強い青年。列車内でサラと出会い、恋心を抱くようになる。サラへの愛情を貫くため、ある決意を固める。

キャロル・ボイントン
ボイントン家の長女。レイモンドの妹。警戒心が強く、常に緊張している。サラと意気投合するも継母に見つかり、会うことを禁じられる。

ジネヴラ・ボイントン
ボイントン家の次女。背の高い赤毛の少女。体が弱く神経質で、母の支配に耐えられず妄想世界に逃げ込んでいる。血縁的にはボイントン夫人の実の娘。

そのほか

ジェファーソン・コープ
陽気で快活なアメリカ人。ネイディーンの友人で、ボイントン夫人から交友を許されている特別な人物。ネイディーンを愛し、彼女の幸せを願っている。

ウエストホルム卿夫人
下院議員。木馬のような鼻をした恰幅のいい女性。政界で派手に活躍しているが、傍若無人でユーモアセンスに欠けるところがあり、ほとんどの人から嫌われている。サラたちと一緒に古代遺跡ペトラへ向かう。

アマベル・ピアス
保母。突然転がり込んだ遺産で海外旅行を楽しんでいる。サラやジェラール博士、ウエストホルム卿夫人らと一緒にペトラを訪ねる。ウエストホルム卿夫人を崇拝し、行動をともにする。

マーモード
饒舌な通訳。何かと苦情を言い立てるウエストホルム卿夫人に辟易としている。

あらすじと解説(途中からネタバレ有)

古代都市ペトラで起きた変死事件

『死との約束』は1938年に発表されたポアロシリーズの長編第16作目です。

1988年に「死海殺人事件」というタイトルで映画化されました。監督はマイケル・ウィナー、主演はピーター・ユスティノフ。

同じく中近東シリーズの『ナイルに死す』と同時に構想が練られた姉妹作でもあり、ボイントン一家は当初『ナイルに死す』の登場人物だったとか。

殺人の舞台は、ヨルダン南部の古代都市「ペトラ」。浸食された岩山の谷間にあり、紀元前4世紀から栄えた古代ナバテア人の都市遺跡です。

赤みがかった土壌の断崖に囲まれているため、“薔薇色の町”とも呼ばれています。

海外旅行を楽しむ登場人物たちの“偶然の出会い”が、この狭い谷に閉じ込められた不気味な場所での変死事件へと繋がることになります。

この作品が書かれた1930年代、ヨルダンはイギリスの統治下にありました。日本人からすると中東は「はるか遠い異国の地」というイメージですが、イギリス人にとってはオリエント急行で行ける身近な場所になっていたのでしょうか。

著者のアガサ・クリスティも中東の古代遺跡に強く惹かれ、2番目の夫マックスが考古学者で発掘隊のメンバーだったこともあって、何度か中東を訪れています。

事件が起きない前半部分の面白さ

物語は、ポアロがエルサレムのホテルで「いいかい、彼女を殺してしまわなきゃいけないんだよ」という話し声を聞いたところから始まります。

オリエント急行の殺人』のときといい、ポアロは重要な会話を聞き逃しませんね。

しかしその後、ポアロは表舞台から姿を消してしまい、物語は同じホテルに滞在する2人の医師サラ・キングテオドール・ジェラールに引き継がれます。

心理学に詳しい彼らは、ホテルに滞在する異様なアメリカ人一家に強い興味を抱き、密かに観察していました。

一家の長であるボイントン夫人は、老いて心臓病を患いながらも、息子夫婦、次男と長女、そして次女を洗脳して完全に支配下に置き、外部との接触を一切許さない「精神的サディスト」だったのです。

このあたりの展開は事件が何も起こっていないにもかかわらず、サスペンスフルで読み応えたっぷりでした。現代にも通じる家族の問題や“洗脳”の恐ろしさを的確な描写でとらえていて、クリスティの人生観なども垣間見ることができます。

次男レイモンドに惹かれるサラは義憤に駆られ、彼らを母親から救い出そうと接触を試みますが、みごとに失敗してしまいます。

事件発生、ポアロ登場

打ちのめされたサラはボイントン一家と別れ、気分が晴れないままジェラール博士とともに古代都市ペトラへ。ウエストホルム卿夫人アマベル・ピアスも加わります。

ところがもう二度と会うことはないと思っていたボイントン一家と、ペトラで再会。レイモンドから愛の告白を受けた直後、ボイントン夫人が亡くなります。

当初は心臓病によるものと思われましたが、ジェラール博士の注射器と劇薬ジギトキシンが何者かに持ち去られていたことが判明し、ここでようやくポアロが登場。

アンマン警察署長のカーバリ大佐から依頼を受け、事件の調査に乗り出します。それも「明日の夜までに真相をお知らせします」と宣言。そして約束どおり、翌日には事件を解決してしまいます。早い!

【参考】ポアロのメモ

  • ボイントン夫人は、ジギタリスを含む調合薬を服用していた
  • ジェラール博士が皮下注射器を紛失した
  • ボイントン夫人は自分の家族が他人と交際するのを邪魔して楽しんでいた
  • 事件の日の午後、ボイントン夫人は家族に外出を勧めた
  • ボイントン夫人は精神的サディストだった
  • 大天幕からボイントン夫人が座っていた場所までの距離は200メートル
  • レノックスは最初、何時にキャンプに戻ったのかわからないと言ったが、後になって母親の腕時計を正確な時刻に合わせていたことを認めた
  • ジェラール博士とジネヴラ・ボイントンのテントは隣り合っていた
  • 6時30分に夕食の支度ができたとき、そのことをボイントン夫人に告げるために召使いの一人が使いに出された
  • エルサレムで、ボイントン夫人は「私は決して忘れませんよ。よく憶えておいてね。私は何一つ忘れていませんよ」と語った

ここから先は結末のネタばらしをしています。ご注意ください。

ポアロの聞き取り調査

さあ、いつものようにポアロの聞き取り調査が始まりました。

ポアロ自身が殺害をほのめかす会話を聞いていることから、次男のレイモンドが最も怪しいと思われましたが、ボイントン家の家族は全員に動機があります。そして話を聞くと、彼らは全員嘘をついていることがわかります。

事件当日、彼らはバラバラに散歩から戻り、それぞれひとりずつ母親に会いにいき、「そのとき母はまだ生きていた」と証言するのですが、全部ウソ。彼らが会ったとき、ボイントン夫人は既に亡くなっていたのです。

にもかかわらず、それぞれ「家族の誰かが殺したに違いない」と思い込んでしまったために、その人物をかばってウソの証言をしていたのです。レイモンドを愛するサラも、レイモンドが犯人だと思い込んでいました。

犯人はボイントン家の家族ではありませんでした。事件を紐解く重要な鍵は、「ボイントン夫人の心理」を見極めることにあったのです。

ボイントン夫人の心理

家族を牛耳り、精神的苦痛を与えて楽しんでいたボイントン夫人。徹底して外部との接触を禁じ、家に閉じ込めて自由を奪っていた彼女が、この旅行を計画したのはなぜか?

それは、あえて危険を冒してスリルを楽しむためでした。洗脳がいきすぎて子供たちが抵抗しなくなり、飽きてしまったんですね。どこまでも腐ってます。

しかし思い切った海外旅行は、思わぬ結果をもたらしました。それは彼女自身が、小さな家の小さな支配者に過ぎないと思い知らされたことです。ことにサラの的を射た暴言は、彼女の鬱屈と怒りを増幅させたに違いありません。

ところがそこに、新たな“獲物”が飛び込んできます。

犯人の動機と結末

それは、彼女がかつて刑務所の看守をしていたときに出会った人物。当時刑務所に服役していたウエストホルム卿夫人でした。

ボイントン夫人の「私は決して忘れませんよ。よく憶えておいてね。私は何一つ忘れていませんよ」という言葉は、実はサラにではなく、ウエストホルム卿夫人に向けて言った言葉だったのです。

格好の“獲物”を発見したとばかりに、ボイントン夫人は彼女をいたぶろうと決めました。ペトラで家族に外出を許可したのも、そのため。

今や政界で華々しい活躍をとげているウエストホルム卿夫人は、ボイントン夫人によって過去を暴露されることを恐れ、口封じのために殺害したのです。

ポアロによって犯行を暴かれたウエストホルム卿夫人は、拳銃自殺を図って命を絶ちました。

思いがけない部外者によって母親の呪縛から解放されたボイントン家の家族たちは、その後、健やかな精神と幸せな日常を取り戻します。

長男レノックスと妻ネイディーンの間には子供が生まれ、次男レイモンドはサラと結婚し、長女キャロルはジェファーソン・コープと結婚しました。次女ジネヴラはジェラール博士の治療を受け、舞台女優として成功します。

そして自由と幸福を手に入れた彼らは、母親がいかにかわいそうな人間であったかを思い知るのです。

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