「オリエント急行の殺人」原作ネタバレ徹底解説|シンプルな構成と驚きの結末

アガサ・クリスティ「オリエント急行の殺人」原作ネタバレ解説

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アガサ・クリスティの歴史的名作「オリエント急行の殺人」を読みました。

アクロイド殺し」「予告殺人」「ABC殺人事件」「蒼ざめた馬」「ねじれた家」に続く6冊目。

おそらくポアロシリーズの中では、最も有名な作品ではないかと思います。わたしも今のところ、アガサ・クリスティの中ではダントツで好きな作品です。

物語の大半が列車内で展開するという、舞台劇のようなシチュエーションがたまりません。完全にツボです!

何度も映像化されているだけじゃなく、小説、漫画、アニメなど、現在でもさまざまな作品におけるオマージュやパロディの素材になっています。

わたしが最初にこのストーリーに触れたのもオマージュ作品だったはずで、今考えるとものすご~くもったいないことをしましたね。史上最高の驚きと感動をフイにしてしまったんですから。

最初に触れるのは原作小説か、せめて1974年の映画、またはデヴィッド・スーシェ主演のドラマ版でありたかった…。本当に残念でなりません。

ネタバレ注意

この作品は結末がすべてです。まだ「ストーリーを知らない」という方は、ネタバレを読まないことを強くおすすめします。

登場人物(ネタバレなし)

エルキュール・ポアロ
私立探偵。シリアでの事件を解決した帰り、急遽オリエント急行に乗ることになる。当初は2等寝台の7号、その後ブークが使っていた1号室に移動した。

ブーク
国際寝台車会社の重役。ポアロのベルギー警察時代の知人。列車内で発生した事件についてポアロに調査を依頼し、捜査に協力する。イタリア人のアントニオを疑う。

コンスタンチン博士
ギリシャ人の医者。ラチェットの検死を行い、ポアロやブークとともに捜査に協力する。

ラチェット
2号室の乗客。裕福なアメリカ人男性。一見柔和な感じに見えるが、眼光や雰囲気には狡猾で獰猛な態度が表れ、人に不愉快な印象を与える。何者かから脅迫を受けており、列車内でポアロに護身を頼むが断られる。その後、車室で遺体となって発見される。

ミセズ・ハバード
3号室の乗客。陽気でおしゃべりなアメリカ人の中年女性。乗客に娘の話を延々と聞かせる。事件の翌日、夜中に犯人が部屋に入ってきたと証言し、部屋に残されていた車掌の上着のボタンを提出する。

エドワード・マスターマン
2等4号の乗客。ラチェットの召使。無表情でかしこまったイギリス人の中年男性。事件当夜、ラチェットに睡眠薬を用意したと証言する。

アントニオ・フォスカレリ
2等5号の乗客。イタリア系アメリカ人。自動車のセールスマンで、流暢なフランス語を話す饒舌な男。事件の夜、同室のマスターマンがずっと歯痛で唸っていたと証言する。

ヘクター・マックイーン
2等6号の乗客。ラチェットの秘書。30歳前後の長身のアメリカ人青年。ラチェットに脅迫状が来ていたことをポアロに話す。事件当夜は自室でアーバスノット大佐と話し込んでおり、真っ赤な服を着た女性が通廊を通ったと証言する。

ヒルデガード・シュミット
2等8号の乗客。公爵夫人に15年間仕えるドイツ人の小間使。事件当夜、どこかの車室から出てきた「小柄で色の浅黒い、女のような声をした車掌」とすれちがったと証言する。

グレタ・オールソン
2等10号の乗客。柔和な羊のような顔立ちのスウェーデン人女性。49歳。スタンブール近くのミッション・スクールで寮母をしている。事件の夜、間違えてラチェットの部屋のドアを開け、生きている彼を見たと証言する。

メアリ・デブナム
2等11号の乗客。イギリス人の家庭教師。26歳。背が高くほっそりとした女性。バグダッドからロンドンへ帰省するため列車に乗っていた。オリエント急行に乗る前、コニヤ駅でアーバスノット大佐と意味深な会話をしていた。

アンドレニ伯爵夫人
12号室の乗客。アンドレニ伯爵の妻。クリスチャン・ネームは“エレナ・マリア”。パスポートには油のしみがついている。事件の夜は睡眠薬を飲んで眠ったため、何も聞いていないと証言する。

アンドレニ伯爵
13号室の乗客。ハンガリー人の外交官。体格のいい美男子。1年間ワシントンに住んでいたが、アームストロングの名前に覚えはないと語る。夜中に汽車がとまったことにも気づかず、朝までぐっすり眠ったと証言。

ドラゴミロフ公爵夫人
14号室の乗客。ロシア人の富豪。容姿は醜いが高潔さを感じさせる女性。アームストロング家と親しい間柄で、ソニア・アームストロングの名付け親。事件当夜は小間使いを呼んで、眠りにつくまで本を読んでもらったと証言する。

アーバスノット大佐
15号室の乗客。イギリス人男性。40~50歳くらいの痩せぎすの背の高い男。コニヤ駅ではメアリ・デブナムと意味深な会話を交わしていたが、本人は列車で偶然一緒になっただけだと親密な関係を否定する。

サイラス・ハードマン
16号室の乗客。派手な服装の軽薄そうなアメリカ人。セールスマンを語っていたが、聴取の際、ラチェットに身辺護衛を依頼された私立探偵であることを打ち明ける。「犯人は色が浅黒く、女みたいな声をした小柄な男」とラチェットが語っていたと証言する。

ピエール・ミシェル
寝台車の車掌。国際寝台車会社に15年勤務する正直者のフランス人。ラチェットの死体の第一発見者。事件の夜、午前0時40分頃にベルが鳴ったためラチェットの部屋を訪れているが、中から「なんでもない、間違いだった」と言われて引き返している。

あらすじと解説(途中からネタバレ有)

オリエント急行とアガサ・クリスティ

『オリエント急行の殺人』は1934年に発表されたポアロシリーズの長編第8作目です。

物語の舞台となるのは、ベルギーの国際寝台車会社が運行する長距離夜行列車で、当時の人々が憧れた夢の国際超特急「シンプロン=オリエント急行」

シリアでの仕事を終えたポアロは、ロンドンに戻るため急遽イスタンブールからこの列車に乗車することになり、事件に遭遇します。

作者のアガサ・クリスティが初めて「オリエント急行」に乗ったのは1928年の秋でしたが、この小説のもとになったのは、1931年の冬に彼女が体験した出来事でした。

この年、2番目の夫マックスと中東で過ごしたクリスティは、ロンドンに帰るためにオリエント急行に乗り、洪水で列車が停止するというトラブルに見舞われます。

このとき車内にいたあらゆる階級、あらゆる国籍、あらゆる年齢の乗客たちが、3年後に発表される『オリエント急行の殺人』の登場人物のモデルになったとされています。

シンプルな構成と驚きの結末

ストーリーの構成は、とてもシンプル。オリエント急行の車内で殺人事件が発生し、たまたま乗り合わせたポアロが調査に乗り出して、真相を暴くというもの。

  1. 事件発生
  2. 聞き取り調査
  3. 解決

物語の大部分は②の聞き取り調査です。おそろしく単純なストーリー展開なのに飽きることはなく、むしろどんどん先を読み進めたくなるから不思議。

シンプルな構成だからこそ、結末によりいっそう驚きを与えるのかもしれません。

列車は豪雪で立ち往生し、いわゆる“密室状態”に置かれています。ポアロは犯人がこの車両内にいると考え、乗客たちをひとりずつ聴取していくのですが、彼らは全員アリバイを持っていました。

【参考】ポアロのメモ

  • 21:15…汽車がベルグラードを発車
  • 21:40…召使のマスターマンが睡眠薬を置いてラチェットの車室を出る
  • 22:00…秘書のマックイーンがラチェットの車室を出る
  • 22:40…グレタ・オールソンがラチェットの姿を見る
  • 0:10…汽車がヴィンコヴチを発車
  • 0:30…汽車が積雪に突入し停止する
  • 0:37…ラチェットの車室のベルが鳴り、車掌が訪ねるが「なんでもない」と追い返される
  • 1:17…ミセズ・ハバードの部屋に男が侵入、ベルで車掌を呼ぶ

被害者ラチェットの正体

殺されたのは、裕福なアメリカ人男性ラチェット。殺される前、彼は命を狙われていることをポアロに打ち明け、護身を依頼していました(彼が気に入らないポアロはきっぱり断りましたが)。

事件後まもなく、部屋に残っていた黒焦げの紙きれに“デイジー・アームストロング”の名前を読み取ったポアロは、ラチェットの正体が「アームストロング幼児誘拐事件」の犯人カセッティであることを確信します。

カセッティは、アームストロング大佐の幼い娘デイジーを誘拐して殺害した後、そのことを隠して20万ドルという莫大な身代金を手に入れた極悪人です。

当時妊娠していたアームストロング大佐の妻ソニアはショックで早産し、自身も命を落としました。絶望したアームストロング大佐はピストル自殺を図りました。

カセッティは逮捕されますが、大金を使ってうまく立ち回り、証拠不十分で釈放に。その後は名前を変え、アメリカを離れて悠々と暮らしていたのです。

MEMO

この誘拐事件のモデルは、1932年に実際にアメリカで起こった「リンドバーグ愛児誘拐事件」です。リンドバーグはニューヨーク~パリ間の大西洋横断無着陸飛行に成功した飛行家で、アメリカの国民的な英雄でした。

ポアロがあげた疑問点

被害者の正体がわかると、犯人はアームストロング家に関わりのある者である可能性が浮かび上がってきました。

乗客の中で唯一人、アームストロング家と親しい間柄であることを認めているのは、ドラゴミロフ公爵夫人だけです。しかし高潔な彼女が犯人だとは到底考えられません。

ポアロは聞き取り調査で得た証言から、以下の解明すべき疑問点をあげます。

  1. 現場に落ちていた「H」の頭文字のハンカチは誰の物か?
  2. 現場に落ちていたパイプ・クリーナーは誰の物か?
  3. 真っ赤なキモノを着ていた人物は何者か?
  4. 車掌の制服を着て変装していた人物は何者か?
  5. 犯行は時計が止まっていた1時15分に行われたのか?
  6. ラチェットを刺した人物は複数人いるのか?
  7. 彼の多種多様な傷口は何を意味するのか?

ポアロは証言の中のわずかなほころびを手がかりに、推理を組み立て、徐々に真相へと近づいていきます。

ここから先は結末に触れています。ご注意ください

「H」の頭文字のハンカチ

ラチェットが殺された部屋には、「H」の頭文字が刺繍された高価なハンカチが落ちていました。「H」とは誰なのか?

ポアロは贅沢なハンカチを持つにふさわしい人物として、ドラゴミロフ公爵夫人と、アンドレニ伯爵夫人をあげます。

しかし2人とも、名前の頭文字が「H」ではありません。

ポアロはアンドレニ伯爵夫人のパスポートについている「油のしみ」に注目します。彼女の本当のクリスチャン・ネームは“Helena(ヘレナ)”でしたが、パスポートを“Elena(エレナ)”と書き換え、油を落として隠していたのです。

アンドレニ伯爵夫人は、亡くなったソニア・アームストロングの妹、ヘレナ・ゴールデンバーグだったのです。

しかし、ヘレナはパスポートを書き換えたことは認めますが、ハンカチの持ち主であることは認めません。ラチェット殺害についても断固として否定します。

するとドラゴミロフ公爵夫人が現れ、私のハンカチだと言います。彼女のクリスチャン・ネームは“ナタリア”でしたが、ロシア語では「N」は「H」なのだと。

彼女はアンドレニ伯爵夫人がヘレナ・ゴールデンバーグだと知りながら、ヘレナを守るために黙っていたのでした。

乗客たちの正体

やがてポアロは、この車両に乗り合わせた乗客全員がアームストロング家にゆかりのある人物であることを確信します。

  • メアリ・デブナムは、アームストロング家の家庭教師
  • アーバスノット大佐は、アームストロング大佐に命を救われた戦友
  • アントニオ・フォスカレリは、アームストロング家のお抱え運転手
  • ヒルデガード・シュミットは、アームストロング家の料理人
  • グレタ・オールソンは、誘拐されたデイジー・アームストロングの育児係
  • エドワード・マスターマンは、戦時中はアームストロング大佐の従卒で、戦後は大佐の召使
  • ピエール・ミシェルは、容疑をかけられて自殺した子守娘の父親
  • サイラス・ハードマンは、子守娘の恋人
  • ヘクター・マックイーンは、ソニアを尊敬していた
  • ミセズ・ハバードは、ソニアの母親で、名女優リンダ・アーデン

最も容疑がかかりやすい(ソニアの実妹である)アンドレニ伯爵夫人は犯行に加わらず、代わりに夫であるアンドレニ伯爵が加わりました。

彼ら12人は共謀して計画を企て、アメリカで裁きをまぬがれた極悪人ラチェットに「死刑」を執行するために、この列車に乗り込んだのです。

現場に残された手がかりと犯人の誤算

彼らの当初の計画では、「犯人」は外部から列車に乗り込み、ラチェットを殺して列車から立ち去った「女のような声をした小柄な色の浅黒い人物」と思わせるように仕組まれていました。

しかし積雪により列車が止まってしまったため、計画の一部が実行できなくなり、別の方法で捜査を混乱させなくてはならなくなりました。

現場に落ちていた「パイプクリーナー」と「ハンカチ」は、事件をややこしくさせるために、わざと落としたものです。

パイプクリーナーは、アーバスノット大佐に嫌疑がかかる品物でしたが、彼のアリバイは強固で、アームストロング家との関係を立証することも困難でした。

同様に「H」の頭文字のハンカチは、ドラゴミロフ公爵夫人に嫌疑がかかる品物ですが、彼女は社会的地位や確かなアリバイなどから、盤石な立場にありました。

真っ赤なキモノを着た女も、捜査を攪乱させるため(キモノはアンドレニ伯爵夫人のものとポアロは推測した)。

ラチェットのパジャマの胸ポケットに入っていた時計が1時15分で止まっていたのは、偽装されたもの。本当の死亡時刻は、午前2時近く。

ラチェットが車掌を呼んで「なんでもない」とフランス語で言ったのも偽装で、ポアロに「このときラチェットは既に死んでいたのだろう」と思わせるため。実際にはまだ死んでおらず、睡眠薬で眠らされていました。

ラチェットの複数の傷口が多種多様だったのは、12人の人物の手によって、それぞれに傷つけられたものだったからです。

ポアロが焼け残った手紙の一部から「デイジー・アームストロング」の文字を見つけ出したことも、彼らにとっては大きな誤算でした。

それがなければ、彼らとラチェットを結びつける事実は、どこにも存在しなかったからです。

ポアロが選んだ真実

ミセズ・ハバードはラチェット殺害計画のすべてを告白し、犯行を認めます。そして「自分だけを犯人にしてほしい」とポアロに懇願します。

ポアロは国際寝台車会社の重役であるブークに同意を求めたうえで、犯人は外部から侵入した人物であり、犯行後に車外に逃げ去ったとする「第一の説」を採用し、この事件から手を引きました。

真相を知るのは、列車に乗っていたポアロと関係者たちだけ。いずれ事件は警察の手に渡ることになりますが、そこでは「ポアロが選んだ真実」が「事実」として処理されることになるのでしょう。

ポアロがこの選択をしたことには驚きましたが、溜飲が下がる思いがしたのも事実。そしてこの結末があるからこそ、何度でも読みたく(見たく)なるし、現在まで多くの人に愛される名作となったのではないか…とわたしは勝手に思っています。

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