あらすじと解説(ネタバレ有)
7人目の犠牲者・リヴァーズの死
ある夜、ルークはエルズワージーの留守宅に忍び込み、彼が血まみれの手で帰宅するのを目撃します。
急いでアッシュ館へ戻ったルークは、外で待っていたブリジェットと、運転手リヴァーズの遺体を発見します。そばには門柱の石の飾りが落ちていて、あたかも「飾りが風で落ちて彼に当たった」と思えるように偽装されていました。
エルズワージーが犯人だと確信したルークは、翌日トーマス医師にそのことを話しますが、彼はルークの言葉を「空想じみている」と取り合ってくれません。
らちが明かないと判断したルークは、ロンドン警視庁の友人ビリー・ボウンズに会いに行きます。
ホイットフィールド卿を怒らせた者たち
ロンドン警視庁を訪れたルークは、ミス・ピンカートンをひいた車がロール・スロイスだったことを知らされます。さらに、事故を目撃した女性により、車のナンバーも明らかになっていました。
そのナンバーは、なんとホイットフィールド卿の車のナンバーでした。
ところが、警察の調べでホイットフィールド卿も車も別の場所に滞在していたことが証明されたため、目撃者の見間違いだろうと判断され、容疑者から外されていました。
ルークは、ホイットフィールド卿がミス・ピンカートンを殺した犯人だと確信します。
というのも、ホイットフィールド卿自身が昨夜、「わたしの敵やわたしを中傷した者たちが、天罰を受けて地獄へ突き落とされた」と語っていたからです。
トミー・ピアスは、ふざけてホイットフィールド卿のまねをした。ハリー・カーターは、彼の悪口を言った。エイミー・ギブスは、彼をひどい名前で呼んだ。ハンブルビー医師は、彼の水道計画に反対した。ホートン夫人は、彼に無礼な態度を取った。リヴァーズは、彼を口ぎたなく罵った。
ルークはビリー・ボウンズにそのことを話し、バトル警視を派遣してもらう約束を取り付けたうえで、急いでウィッチウッド村に戻ります。
ホノリア・ウェインフリートの過去
村に戻ったルークはホノリア・ウェインフリートを訪ね、一連の殺人事件の犯人はホイットフィールド卿だと告げます。
彼女は昔ホイットフィールド卿と婚約していましたが、飼っていたカナリアを目の前で殺されたことにショックを受け、婚約を破棄したという過去がありました。
ホノリアは「以前から彼が犯人ではないかと心配していた」と打ち明け、ルークとブリジェットに今すぐ逃げるよう警告します。
ルークとブリジェットの婚約
ブリジェットはホイットフィールド卿との(愛のない)結婚を考え直し、ルークと結婚することを決めます。そしてルークがロンドンに行っている間に、ホイットフィールド卿にその旨を打ち明けます。
彼は冷静に受け止めますが、ロンドンから戻ったルークに「わたしに逆らった者はすべて、その罰を受ける。きみやブリジェットも例外ではないだろう」と言います。
脅迫と受け取ったルークは、ブリジェットとともにアッシュ館を出ていきます。そこで初めて、ブリジェットにホイットフィールド卿が犯人だと伝えます。
ブリジェットは信じられず、ルークを問い詰めてその理由を聞きます。さらに、ミス・ピンカートンが列車の中でどんな話をしたのか、具体的に聞き出します。
ブリジェットの計画と誤算
ブリジェットはロンドンへ逃げることを拒み、事件を解決するためにホノリアの家に滞在し、村にとどまることを決めます。ルークはブリジェットをホノリアの家に送り届け、自分は荷物を取りにアッシュ館へ戻ります。
このときブリジェットは、ひそかにホノリアへの疑いを深めていました。彼女の家に滞在すると決めたのは、その疑いを確かなものにするためでした。誤算だったのは、ホノリアが猶予を与えてくれなかったこと。
ホノリアはブリジェットに睡眠薬入りのお茶を出し(ブリジェットは飲まずに捨てた)、彼女を散歩に連れ出すと、雑木林の中で殺そうとします。
ブリジェットは薬が効いているふりをして油断させ、ホノリアから犯行の動機を聞き出そうとします。
犯人の正体と動機
ホノリアは、かつて自分を拒絶したホイットフィールド卿への復讐心から、彼に罪を着せるために犯行を重ねたことを明かします。カナリアを殺したのはホイットフィールド卿ではなく、ホノリアのほうでした。
婚約を破棄したホイットフィールド卿への憎しみがあまりにも大きく、ただ殺すだけでは満足できず、彼をさまざまな無実の罪におとしいれて苦しめ、一生を奪う。それが、彼女が考えた復讐計画でした。
ホノリアは、ホイットフィールド卿が不満を抱いたり腹を立てたりした相手を見つけ、つぎつぎと事故に見せかけて殺していきました。
リディア・ホートンにはヒ素を飲ませ、エイミー・ギブスのせき止め薬を帽子の塗料にすり替え、ハリー・カーターを橋の上から突き飛ばし、トミー・ピアスを窓敷居から突き落としました。
ハンブルビー医師には、偶然を装ってはさみで怪我をさせ、その傷口に猫の耳の膿を塗り付けて感染症を起こさせました。
さらに、彼女は友人であるミス・ピンカートンが秘密を見抜いたことに気づくと、彼女と同じ列車に乗ってロンドンへ行き、交差点で彼女を車の前に突き飛ばして殺したのです。目撃者を装ってホイットフィールド卿の車のナンバーを教えたのもホノリアでした。
そしてルークが村にやってくると、彼を巧みに誘導し、ホイットフィールド卿を犯人だと思わせたのでした。
ハンブルビー夫人の言葉
一方、何も知らないルークは、偶然ハンブルビー夫人に会い、思いがけないことを聞かされます。
「ホノリア・ウェインフリートは極悪な女ですよ! あなたはわたしの話を信じないでしょうけどね。そう、ラヴィニア・ピンカートンの話もだれも信じませんでしたよ。しかし、わたしたちは二人とも、そう感じていました。彼女はわたしよりも詳しく知っていたようでした……。フィッツウィリアムさん、女は幸福になれないと、ひどいことを平気でやれるようになるものなんですよ」
「殺人は容易だ」より
ルークは、ホノリアが今朝ブリジェットを見ていたときの顔を思い出します。そして、ミス・ピンカートンが犯人は男だとは言っていなかったことにようやく気づきます。
ルークはホノリアの家に向かい、2人が散歩に出かけたことを知ると、急いで後を追います。そしてホノリアに絞殺されそうになっていたブリジェットを救出します。
ブリジェットの推理
ブリジェットがホノリア・ウェインフリートを疑い始めたきっかけは、ルークがホイットフィールド卿を犯人と見誤ったことでした。
ブリジェットは秘書として2年間ホイットフィールド卿のもとで働いていたため、彼のことを知り尽くしていました。彼がカナリアを殺すことなどできるはずがないと思い、ホノリアが嘘をついているのではないか、と考えたのです。
そしてルークからミス・ピンカートンの話を聞き、彼女が一度も犯人は男だと言っていなかったことを知り、自分の推理を確かめるためにホノリアの家に行ったのでした。
エルズワージーの手に付いていた血は、儀式に使った生贄のめんどりの血で、ルークが目撃したのは彼が儀式から帰ってきたときの姿でした。
ルークとブリジェットはホイットフィールド卿に別れを告げ、アッシュ館をあとにします。
感想(ネタバレ有)
田舎町の静かな暮らしの中で相次ぐ不審死。でも誰も疑わない。
クリスティが描いた世界では、確かに殺人は容易でした。疑うべき人を疑わず、皆から信頼されている人を無条件に信じる社会。その構造こそが、犯人にとっての武器になっていたのだと思います。
ホノリア・ウェインフリートは子どもの頃から聡明でありながら、両親に行動を制限され、家に閉じ込められていました。当時の女性に求められた「従順さ」や「家庭内の役割」に縛られ、自己表現の機会を奪われたことが、彼女の内面に深い孤独と怒りを育てたと考えられます。
その彼女が、野心を持つホイットフィールド卿に魅かれたのは、自分の代わりに社会で評価されることへの期待が込められていたのかもしれません。けれども彼が婚約を破棄したことで、その期待が憎しみへと変化したのでしょう。
彼女の犯行は単なる復讐ではなく、自分の知性と力を証明するための“演出”でもありました。村人たちを欺き、ホイットフィールド卿に罪を着せるという計画は、彼女の知的優位性を誇示する手段だったとも言えます。
1930年代のイギリスでは、女性の社会進出はまだ限られており、知性を持つ女性が“脅威”とみなされることもあった時代です。彼女はその抑圧の象徴であり、「見えない場所で力を持つ女性」の危険性と悲しさを体現しています。
主人公のルークは元植民地警察官ですが、探偵ではありません。だからこそ、読者は彼の不安や疑問とともに物語を進めていくことになります。誰もが犯人を見失い、信じていいのか迷いながらページをめくっていく――その感覚が、物語全体の緊張感につながっているように感じます。
この作品の本当の怖さは、“見えないもの”に対する鈍感さだと思います。田舎町の閉鎖的なコミュニティでは、日常の中で死があまりにも自然に受け入れられていきます。
「仕方ないこと」として片づけられる瞬間、殺人は完成します。疑うことも、声をあげることもない社会では、狂気は容易に広がってしまうのだと。
このテーマは現代にも通じると感じました。顔の見えないSNS、ボタンひとつで炎上も冷笑も操作できる情報社会。そこでは、人を見抜く力よりも、見ない力のほうが優勢になっているのではないでしょうか。
「殺人は容易だ」という言葉は、そんな時代の私たちに、静かに、けれど確かに警鐘を鳴らしているように思います。
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