映画「去年の冬、きみと別れ」の感想と解説です。
原作の叙述トリックがどのように映像化されているのか興味があり、観賞しました。結論を言うと、大満足でした。
[kjk_balloon id=”3″]「お見事!」としか言い様がない。[/kjk_balloon]原作のストーリーの面白さに、映像ならではの迫力とトリックが加わり、見応えのあるエンターテインメントになっていました。見ていない方は、ぜひ何も情報を入れずに見てください。
なお、この記事にはネタバレを含みます。
記事を読む前に作品を観賞することをおすすめします。
Contents
作品概要
- 製作国:日本
- 上映時間:118分
- 公開日:2018年3月10日
- 監督:瀧本智行(「星守る犬」「脳男」「グラスホッパー」)
- 脚本:大石哲也(「無限の住人」「スマホを落としただけなのに」)
- 原作: 中村文則『去年の冬、きみと別れ』
- 音楽:上野耕路
- 主題歌: m-flo「never」
予告動画
あらすじ
婚約者との結婚を間近に控えた新進気鋭のルポライター耶雲恭介は、盲目の美女が巻き込まれた不可解な焼死事件と、容疑者の天才写真家・木原坂雄大について調べはじめる。しかし真相を追ううちに、いつしか抜け出すことのできない深みに飲み込まれていく。(映画.comより)
登場人物(キャスト)
耶雲恭介……岩田剛典
野心家のフリーライター。謎めいた天才カメラマン・木原坂雄大の真実に迫る本を出版しようと、小林が編集を担当している「週刊文詠」に企画を持ち込む。
やがて木原坂の取材にのめり込むようになり、百合子との結婚を延期すると言い出す。
松田百合子……山本美月
耶雲恭介の婚約者。耶雲が木原坂の取材にのめり込み、自分との結婚を後回しにしていることに不安を覚える。淋しさを募らせている時に木原坂と出会い、「モデルにならないか」という甘い誘いに乗ってしまう。
木原坂雄大……斎藤工
天才カメラマン。以前、モデルをしていた盲目の美女が目の前で焼死し、容疑者として逮捕されるも執行猶予がつき釈放された。耶雲の取材を受ける中で耶雲の婚約者・百合子に目をつけ、モデルに誘う。
小林良樹……北村一輝
「週刊文詠」のベテラン編集者。耶雲恭介が持ち込んだ企画を担当する。耶雲の才能に気づきながらも、企画の出版化には消極的。若い頃、木原坂家を訪ねたことがある。
木原坂朱里……浅見れいな
木原坂雄大の姉。幼い頃に父親を殺されている。唯一の肉親である雄大とは強い絆で結ばれている。
吉岡亜希子……土村芳
木原坂雄大のモデルを務めていた盲目の美女。撮影中にろうそくが転倒し、炎に巻かれて死亡した。
相関図
原作について
この映画の原作は、中村文則さんの小説『去年の冬、きみと別れ』(2013年刊行)です。
わたしは中村文則さんの小説が好きで、この作品も映画を観る前に読みました。
「銃」「遮光」「土の中の子ども」「最後の命」「掏摸」に続いて6冊目です。
一人称と二人称を多様し、少ない情報で読者がイメージする世界を意図的に誘導する〝叙述トリック〟を使ったサスペンスで、面白かったです(途中で頭がこんがらがってしまったけど)。
今まで読んだ作品の中では、もっともエンターテインメント寄りの作品だったかな。
それでも中村さんらしい人間の本質を問う興味深い描写が多く見られ、いわゆる推理小説とは一線を画す作品になっています。
映画は文学的な要素を大幅に省き、「情報を見せる」ことでミスリードを誘う形になっています。
出演者もこのトリックを考慮した配役になっていて、うまいなぁと思いました。
感想と解説
第二章から始まる物語
物語は、「第二章」から始まります。
これが大きな伏線となっています。
フリーライターの耶雲恭介は、「週刊文詠」に企画を持ち込みます。
その企画とは、天才カメラマン・木原坂雄大の真実に迫るというもの。
木原坂は、昨年の9月にモデルの女性を焼死させたとして逮捕されました。
しかし裁判では殺人罪に問われず、執行猶予の判決を受けています。
耶雲は、木原坂が女性を監禁し、殺害したのではないかと疑っていました。
「週刊文詠」の編集者・小林は、当初から木原坂=殺人犯とする見方には否定的で、耶雲の企画にも乗り気ではない様子。編集長に頼まれて、しぶしぶ担当を引き受けます。
ちなみに原作の始まりは「第二章」ではありません。
原作は、2人の女性を殺害した罪で死刑判決を受けた木原坂雄大に、「僕」が面会する場面から始まります。この「僕」が誰なのか、読者にはわかりません。
さらに読み進めるうちに、「僕」が一人ではないことに気づきます。
いったい「僕」は「誰」と「誰」なのか?
これは、文章だからこそ成立するトリック。
映像だとひとめで誰だかわかってしまいますからね。
耶雲恭介の取材
耶雲は木原坂本人に取材の許可を得て、彼の豪邸に出入りするようになります。
木原坂に気に入られ、家の鍵(IDカード)を渡されたのです。
耶雲は木原坂を知る人物にも取材を行います。
木原坂が興味を示した蝶の収集家。
木原坂の過去を知る同級生。
木原坂の父親が殺された事件を担当した刑事。
そして最後に、木原坂の姉・朱里に会おうとします。
徐々に真相に迫っていく耶雲。
断片的な事実だけで結論を出す耶雲に、小林は「急ぐな」と忠告します。
耶雲は「本を出すことが僕の夢なんです」と小林に語ります。
このセリフも大きな伏線のひとつです。
ここから先はがっつりネタバレしています。ご注意ください。
木原坂朱里と小林の関係
ここで重大な秘密が明かされます。
編集者の小林は、木原坂の姉・朱里と繋がっていました。
小林は若い頃、木原坂家を訪ね、この家族の秘密を見てしまったのです。
姉の朱里は父親から性的虐待を受け、弟の雄大は暴力を受けていました。
のちに、木原坂姉弟は幼い手で父親を殺し、その犯行を隠蔽するため小林に協力を頼んでいたことが判明します。以来、小林は朱里に取り憑かれ、彼女を愛するあまり言いなりになっていました。
ちなみに原作には、木原坂姉弟が父親を殺す場面はありません。
第三章(百合子の死)
耶雲には百合子という美しい婚約者がいます。
百合子に惹かれた木原坂は、ひそかに彼女に接近し、「モデルにならないか」と誘います。
耶雲との関係に不安を抱いていた百合子は、あっさりとその罠にかかってしまいます。
耶雲と小林が駆けつけると、木原坂の屋敷は燃えていました。
炎に巻かれる百合子を目の前にして、木原坂は写真を撮り続けます。
耶雲と小林は、なすすべもなく見つめるしかありませんでした。
焼け跡からは百合子の婚約指輪と手帳が発見されました。
手帳には「許して恭介」「こんなところで死にたくない」と書かれていました。
木原坂は逮捕され、姉の朱里は姿を消します。
第一章(真実)
耶雲の正体を疑い始めた小林は、行動を起こします。
そして耶雲の隠れ家で1冊の本を見つけます。
そこには、彼の復讐のすべてが書かれていました。
耶雲恭介の本名は「中園恭介」。
ライターではなく、元編集者でした。
恭介は、昨年焼死した木原坂のモデル・吉岡亜希子の元恋人。
すべては彼が仕組んだ復讐だったのです。
第一章は、亜希子を失った恭介がどのように復讐を企て、実行していったかが描かれます。第二章に挿入されていたいくつかの場面(木原坂の知人への取材など)は、実は第一章だったことが判明します。
恭介は取材によって、木原坂が亜希子を監禁し、見殺しにしたことを知ります。
亜希子を拉致したのは、木原坂の姉・朱里と編集者・小林でした。
恭介は3人に復讐するため、婚約者のいるフリーライターとして3人の前に現れ、彼らに罠を仕掛けたのです。
恭介の婚約者と思われた松田百合子は、実は自殺サイトで協力を依頼した「行きずりの女性」。木原坂の目に留まるよう、婚約者のフリをしていただけ。
彼女は炎に巻かれる直前に朱里と入れ替わり、生きていました。
あのとき死んだのは、木原坂朱里だったのです。
恭介の最終目的
恭介の復讐は、木原坂雄大を殺人罪で死刑にすること。
木原坂朱里を亜希子と同じ方法で殺し、雄大に写真を撮らせる(見殺しにさせる)こと。
小林良樹の目の前で朱里を殺し、彼の大切な存在を奪うことでした。
恭介はこの復讐を一冊の本にまとめました。
亜希子は、恭介に別れを告げる手紙の中で、こう書いていたのです。
私の望みは、あなたにあなたの作りたい本を作ってもらうこと。そしてそれを読むこと。いつかまたそんな日が来ることを待ち望んでいます。
完成した本には、「ふたりのYKへ そしてAYに捧ぐ」という献辞が添えられました。
恭介の最終目的は、この本を「木原坂雄大」と「小林良樹」に読ませることであり、もうここにはいない「吉岡亜希子」に捧げることだったのでしょう。
原作との違い
ストーリーのおおまかな筋は、ほぼ原作と同じです。
違うのは、登場人物の設定。
原作に登場する主人公「僕」は、もうひとりの「僕」である編集者から小説の執筆を頼まれたライターです。
彼自身は一連の事件とは何の関わりもありません。取材をするうちに事件の真相を知り、最終的には編集者に「僕には書けない」と告げて途中で依頼を断っています。
ライターに小説を依頼したこの編集者こそ、映画での「耶雲恭介」です。
彼は朱里に弄ばれて捨てられた弁護士と共謀して、木原坂姉弟への復讐を企て実行しました。すべてが終わった後、ライターの「僕」に小説の執筆を依頼したのです。
もうひとつ。
原作にはユニークな叙述トリックが仕掛けられています。
わたしたちが読んでいる「本」そのものが、編集者が完成させた「小説」になっていることです。
本の最初に「M・Mへ。そしてJ・Iに捧ぐ。」という献辞があります。
これは木原坂雄大と吉岡亜希子のこと。
イニシャルが違うのは、「木原坂雄大」も「吉岡亜希子」も仮名だからです。
タイトルの意味
この作品のタイトルは、「去年の冬、きみと別れ」。
これは「恭介が亜希子にフラれたとき」ではなく、「恭介が亜希子に別れを告げたとき」を意味しています。
亜希子の死の真相を調べる中で、恭介は朱里と関係を持ってしまいました。
そして朱里からすべての真相を聞かされ、彼らに復讐を誓います。
恭介は復讐のために「化け物」になることを誓い、亜希子に別れを告げたのです。
しかし、復讐を遂げたあとの恭介の表情は、人間そのものだったように思います。
彼は「化け物」にはなれず、亜希子への想いも未だ断ち切れずにいるのではないでしょうか。