映画「祈りの幕が下りる時」を観ました。
余韻の残る、とても見応えのある作品でした。
ミステリー作品としての謎解きも楽しめますし、それ以上に切なく胸に迫る人間ドラマが秀逸です。
わたしは連続ドラマ「新参者」と劇場版「麒麟の翼」だけ見ていましたが、初見の人にもわかるように配慮されているので、見ていなくても全く問題ないです。
古典的な切ないミステリーが好きな方にはオススメです。
※ネタバレを含みますので未見の方はご注意ください
Contents
作品概要
- 製作国:日本
- 上映時間:119分
- 公開日:2018年1月27日
- 監督:福澤克雄(「私は貝になりたい」「七つの会議」「陸王」)
- 脚本:李正美
- 原作:東野圭吾『祈りの幕が下りる時』
- 音楽:菅野祐悟
- 主題歌:JUJU「東京」
予告動画
あらすじ
東京都葛飾区小菅のアパートで女性の絞殺死体が発見される。被害者は滋賀県在住の押谷道子。殺害現場となったアパートの住人・越川睦夫も行方不明になっていた。やがて捜査線上に浮かびあがる美しき舞台演出家・浅居博美(松嶋菜々子)。しかし彼女には確かなアリバイがあり、捜査は進展しない。
松宮脩平(溝端淳平)は捜査を進めるうちに、現場の遺留品に日本橋を囲む12の橋の名が書き込まれていることを発見する。その事実を知った加賀恭一郎(阿部寛)は激しく動揺する。それは失踪した加賀の母に繋がっていた――。(東宝公式サイトより)
登場人物(キャスト)
加賀恭一郎……阿部寛
日本橋署の刑事。子どもの頃に母・百合子が失踪し、仕事中心で家庭を顧みなかった父・隆正を恨んでいる。16年前に百合子が亡くなったとき、仙台まで遺骨を引き取りに行っている。
松宮脩平……溝端淳平
捜査一課刑事。加賀の従弟。幼い頃に父が事故死した後、母と自分を援助してくれた加賀の父・隆正を敬愛している。警察官になったのも隆正の影響。
浅居博美……松嶋菜々子/飯豊まりえ(20歳)/桜田ひより(14歳)
舞台演出家。彦根市出身。両親の離婚後、父が借金を苦に自殺。養護施設で育つ。高校卒業後は演劇を志し20代で女優として活躍。明治座で初舞台を踏む。現在、「異聞・曽根崎心中」を明治座で公演中。
金森登紀子……田中麗奈
加賀の父・隆正を担当していた看護師。隆正が入院中、ずっと将棋の相手をしていた。実は加賀が彼女にメールを送って指す手を指示していた。
田島百合子……伊藤蘭
加賀の母。故人。加賀が子どもの頃に家を出て、仙台のスナック「セブン」で働いていた。16年前、アパートで病死しているところを発見される。店の客だった綿部俊一と深い仲になっていた。
加賀隆正……山﨑努
加賀の父。故人。元警察官。仕事中心で家庭を顧みず、ひとり息子である加賀とも疎遠になっていた。失踪した妻・百合子をひとりで死なせてしまった罪悪感から、死ぬときは独りで死ぬと主張し、最後まで加賀を近づけなかった。
浅居忠雄……小日向文世
浅居博美の父。彦根で洋品店を経営していたが、妻・厚子が金を持って失踪。さらに忠雄の名義で借金を作っていたことから借金取りに追われ、博美と夜逃げした末に能登で自殺する。
押谷道子……中島ひろ子
越川睦夫のアパートで遺体となって発見された女性。浅居博美の中学時代の同級生。滋賀県彦根市の老人ホームで博美の母・厚子を見かけ、博美に教えるため上京していた。
苗村誠三……及川光博
浅居博美や押谷道子の中学時代の担任教師。教師を辞めると同時に離婚し、消息を絶っている。
浅居厚子……キムラ緑子
浅居博美の母。彦根で夫と洋品店を経営していたが、金を持ち逃げして失踪している。現在、彦根市の老人ホームで「201さん」と呼ばれている女性が厚子だと思われている。
宮本康代……烏丸せつこ
加賀の母・百合子が働いていたスナック「セブン」を経営していた女性。百合子の遺体の第一発見者で、加賀に百合子の遺骨と遺品を引き取るように頼んで以来、加賀と連絡を取り合っている。
原作について
この映画の原作は、東野圭吾さんのミステリ小説『祈りの幕が下りる時』(2013年刊行)です。
加賀恭一郎シリーズの第10作(最終作)にあたります。
ドラマについて
2010年4月からTBSの日曜劇場枠で「新参者」というタイトルで放送されました。
以降、「新参者シリーズ」と銘打たれているようです。
- 「新参者」
連続ドラマ(全10話)。 2010年4月~6月放送。 - 「赤い指」
SPドラマ。2011年1月3日放送。「新参者」より2年前の出来事が描かれています。 - 「麒麟の翼~劇場版・新参者~」
テレビシリーズの劇場版。2012年1月公開。 - 「眠りの森」
SPドラマ2作目。2014年1月2日放送。「新参者」「赤い指」よりも前の、2007年の出来事が描かれています。 - 「祈りの幕が下りる時」
劇場版2作目。シリーズ完結編。2018年1月27日公開。
なお、時系列に並べかえると、「眠りの森」「赤い指」「新参者」「麒麟の翼」「祈りの幕が下りる時」という順番になります。
感想
1974年の映画「砂の器」のオマージュ
この作品を観る前、松本清張の「砂の器」に似ているという話をチラッと聞きました。
わたし「砂の器」が大好きなので、一気に期待が高まりましたよ。
ネタバレ解説*映画「砂の器(1974)」原作にない場面を最大の見せ場とした不朽の名作
見ているときは作品に没頭するあまり、そんなことは忘れてしまってたんですけどね。
見終わってから振り返ってみると確かにそのとおりです。共通点がたくさんありました。
東野圭吾さんが意識して書かれたかどうかはわかりませんが、映画化にあたって福澤克雄監督が1974年の映画「砂の器」を意識して作られたことは、間違いないと思います。
いわゆるオマージュですね。
前半で描かれる、松宮ら刑事たちの足を使った地道な捜査や、小菅警察署での捜査会議の風景などは、昭和の風景そのものです。
会議ではプロジェクターではなく黒板を使用していたり、刑事たちが座る椅子がパイプ椅子だったりと、昭和感満載。会議室の窓から差し込む白い光が、わたしにはタバコの煙(昭和の会議室はタバコの煙で白っぽい)のように見えました。
冒頭の事件発生時、経緯を説明するのに使われていたテロップも、映画「砂の器」へのオマージュでしょうね。
ちなみに福澤監督は、2004年に日曜劇場枠で放送されたドラマ版「砂の器」の演出を担当されています。
最大の謎は「人間関係」
この物語の最大の謎は、「砂の器」と同じ「人間関係」です。
小菅のアパートで発見された絞殺死体の女性・押谷道子と、アパートの住人・越川睦夫との関係。
越川睦夫と、河川敷で殺されたホームレスの関係。
老人ホームにいる「201さん」と、演出家・浅居博美との関係。
捜査を進めるうち、まったく無関係だと思われたこの事件と、16年前に死んだ加賀の母親・百合子が奇妙な点で繋がります。その結果、さらに新たな謎が発生します。
越川睦夫と、百合子の恋人だった綿部俊一との関係。
いくら捜査をしても「人間関係」が明らかにならない。
つまり、犯人が隠したいのは「人間関係」だということがわかります。
カレンダーに記された12の橋
今回の事件と、加賀の母親・百合子を繋いだのは、カレンダーでした。
容疑者である越川睦夫のアパートには、12の橋の名前が書き込まれたカレンダーが残されており、百合子が暮らしていたアパートの部屋からも同様のカレンダーが見つかっていました。
2月 左衛門橋
3月 西河岸橋
4月 一石橋
5月 柳橋
6月 常盤橋
7月 日本橋
8月 江戸橋
9月 鎧橋
10月 茅場橋
11月 湊橋
12月 豊海橋
後に判明するのですが、これは「待ち合わせ場所」でした。
越川睦夫が、ある人物と密会するためにカレンダーに書き込んだもの。
越川睦夫は、その人物と堂々と会えない理由があったのです。
最後の鍵は「加賀恭一郎」
事件の捜査を進めるとともに、加賀は自身の問題とも向き合うことになります。
疎遠のまま亡くなった父親のこと。
子どもの頃に家を出て行ったきり、最期まで戻ってこなかった母親のこと。
だいたい何なんだ、この事件は。おふくろのこと、親父のこと、いちいち俺に思い出させる。俺は……俺はなんで16年間もこの街で綿部を捜したんだ。そうさ、どうしても知りたかったんだ。おふくろのその後の人生は、少しでも幸せだったのか。彼女は最期に俺に会いたいと思ったのか。それだけが知りたかった。
ここでかなり冗長とも思える加賀のモノローグが挟まれます。
わかりやすくはあるのですが、もうちょっと控えめでもよかったかも。
モノローグはさらに続いて。
事件の関係者をとりこぼしていないか、ひとりひとり思い出す加賀。
まだ調べていない人物が、いるのではないかと――。
あとは誰だ? まだ調べてないのは。俺? 俺か……。
この事件は俺の過去と関わりが強すぎる。宿命、いやむしろ俺の人生にまつわる事件と言っていい。もしかすると、鍵は俺なのか?
そこでようやく、加賀は浅居博美と自分との隠された「関係」に気づくのです。
ちなみに「宿命」というワードも「砂の器」ですね。
※以下、事件の真相(ネタバレ)に触れていますのでご注意ください
越川睦夫の正体
加賀が浅居博美と自分との「関係」に気づいたことで、浅居博美と越川睦夫との「関係」が明らかになり、その結果、越川睦夫の正体が明らかになります。
越川睦夫=綿部俊一=浅居忠雄
浅居博美の父親です。
3人は同一人物だったんですね。
越川睦夫の似顔絵がよくできていますよね~。
この似顔絵から小日向文世さんは想像できませんでした。
言われてみれば似てるかなとは思うけど、そっくりではない。
絶妙の似せ具合です。
博美の父親は能登で自殺したことになっていましたが、実は死んでなかった。
父親が生きていること。
それこそが、博美にとって最も知られてはならない秘密だったのです。
博美と父親の壮絶な過去
博美は14歳のとき、借金取りに追われる父・忠雄に同行し、夜逃げしました。
彦根を出て、石川県の能登にたどり着いた2人。
もともと借金を作ったのは父親ではなく、母親です。
借金を背負わされた父・忠雄は自殺を図ろうとするのですが、その夜、事件が起こりました。
博美が行きずりの男を殺してしまうのです。
忠雄は博美の罪を隠蔽するために、死んだ男と入れ替わることを思いつきます。
その日以来、2人は親子でありながら、その「関係」を秘密にしなければならなくなったのです。
トンネル内での2人の別れのシーンは、深く印象に残るものでした。
博美の少女時代を演じた桜田ひよりさんと、忠雄役の小日向文世さんの演技がどこから見ても親子にしか見えず……心を揺さぶられるシーンでした。ここは涙なしには見られません。
押谷道子を殺した犯人
トンネルでの別れ以降、忠雄の人生は博美に捧げられました。
博美の成長を見守り、いつの日か夢を叶えるところを見届けたい。
忠雄の生きる目的は、ただそれだけだったのではないでしょうか。
そのためには、自分と博美との関係を知った人間を生かしておくわけにはいかなかった。押谷道子を殺したのは、明治座で彼女に声を掛けられたからでした。
忠雄は逃げることに疲れ果てていました。
博美の夢だった明治座での舞台を、この目で見ることができた。
愛した女性、百合子はもうこの世にいない。
人生に、未練はなかったのかもしれません。
河川敷のホームレスを殺した犯人
死ぬことを選んだ忠雄を、博美は止めることはできませんでした。
娘の人生と引き換えに自らの人生を失い、26年間ずっと逃げ隠れしながら生きてきた父親。死は忠雄にとって「地獄からの解放」であり、そのことは誰よりも博美がいちばんよくわかっていた。
忠雄の首を絞め、死体を燃やしたのは博美でした。
父親を愛するがゆえに手に掛けた博美も、最愛の娘に殺されることを受け入れた忠雄も、ただただ切ない。こんな悲しい形でしか、2人の旅を終わらせることができなかったのかと思うと、胸が締め付けられます。
博美は加賀に真実を打ち明ける前、彦根の老人ホームを訪ねています。
老人ホームに居候している「201さん」――かつて蒸発した母親に会うためです。
「あんただけは地獄に落ちてもらう。お父ちゃんが味わった以上の地獄にな」
このセリフのときの松嶋菜々子さんの目の演技が凄かった。
母親が正気を失うほどですからね……。
あの博美の目には、殺人者としての凄味も含まれていたのでしょうね。
タイトルの意味
この作品のタイトル「祈りの幕が下りる時」にはいくつかの意味が含まれていると思われます。
- 忠雄が博美の幸せを祈りながら人生に幕を下ろしたこと
- 博美と忠雄の26年間の逃避行が終わったこと
- 博美の夢だった舞台「異聞・曽根崎心中」が千秋楽を迎えたこと
- 亡き母の思いを探し続ける加賀の長い旅が終わったこと
- 息子の幸せを祈りながら死んでいった百合子の思いが加賀に届いたこと
2組の親子の切ない「祈り」を、殺人事件に絡ませて描ききった秀作でした。
おそらく何年たっても記憶に残る作品だと思います。