WOWOWの連続ドラマ「ウツボラ」(全8話)についてまとめました。
「同級生」シリーズなどの漫画家・中村明日美子による官能的なサイコサスペンスをドラマ化。怪死事件と1編の小説を巡る、ミステリアスな物語。
謎めいた双子の姉妹を、前田敦子さんがそれぞれの心情をくみ取りながら一人二役で演じました。
途中からどっちがどっちだかわからなくなり、迷宮に迷い込んでしまったような感覚になりました。すべての謎が解けたわけではないけど、面白かったです。
Contents
作品概要
- 放送局:WOWOW
- 放送時間:2023年3月24日(金)から毎週金曜23:30~ほか
- 原作:中村明日美子『ウツボラ』
- 脚本:小寺和久/井上季子
- 音楽:岩本裕司/前田恵実
- 監督:原廣利
あらすじ
ある日、謎の死を遂げた美しい女性・藤乃朱(前田敦子)。彼女と入れ替わるように、朱の双子の妹と名乗る桜(前田敦子)が、人気作家・溝呂木舜(北村有起哉)の前に現われた。実は溝呂木は、朱の小説「ウツボラ」を盗作していたのだ。「ウツボラ」の原稿を持つ桜は、溝呂木にある提案を持ちかける。やがて深い闇へと追い詰められていく溝呂木。一方で、刑事たちは朱の死の真相を追っていた。
WOWOW公式サイトより
原作について
このドラマの原作は、中村明日美子さんの漫画『ウツボラ』(全2巻)です。2008年11月から2012年3月まで、漫画雑誌「マンガ・エロティクス・エフ」に不定期連載されました。
ロケ地について
このドラマの撮影は、2022年4月に愛知県蒲郡市全域で行われました。
印象的なシーンに使われたロケ地の数々を紹介します。
蒲郡市役所
第1話で藤乃朱が飛び降り自殺を図った建物。
春日山
第1話で藤乃朱と三木桜が満開の桜の下で向かい合うシーン。
さんかい形原店
第1話で溝呂木と桜が立ち寄った、昭和の面影を残すレストラン。
倉舞港
第3話で溝呂木と三木桜が待ち合わせをした漁港。
西浦園地
第4話で辻とコヨミが語り合った、三河湾が一望できる丘の上の園地。
鞍ケ池公園
第4話で溝呂木と桜がボートに乗っていた公園。
伊藤珈琲店
第5話で辻が桜と会って話をした喫茶店。
幸田町図書館
第4話以降の回想シーンに登場する図書館。
銀波荘
最終話で溝呂木が原稿を書いていた旅館。三河湾の絶景が楽しめる、西浦の温泉旅館。
西浦パームビーチ
最終話で溝呂木と桜が歩いていたビーチ。西浦温泉の目の前に位置する。
登場人物(キャスト)
藤乃朱(前田敦子)
琥珀市の雑居ビルから飛び降りた女性。身元が不明確で、唯一残された携帯電話には三木桜と作家・溝呂木舜の連絡先しか登録されていなかった。溝呂木とは出版社パーティーで出会い、深い関係に陥っていた。「ウツボラ」の作者。
三木桜(前田敦子)
藤乃朱の双子の妹を名乗る女性。彼女の電話番号や住所などの個人情報が全てでたらめだったことから、警察に藤乃朱との関係を疑われる。溝呂木を誘惑し、藤乃朱が残した原稿を利用して「ウツボラ」を完成させようとする。
溝呂木舜(北村有起哉)
作家。スランプだったが数年ぶりの連載小説「ウツボラ」が好評を得る。実は新人賞の応募作品だった藤乃朱の小説「ウツボラ」を盗作している。朱が死んだことで窮地に陥るが、朱の原稿を持つ桜が現れ、彼女の誘惑に屈する。
辻真琴(藤原季節)
作家・溝呂木舜の担当編集者。真面目で礼儀正しい青年。作家志望だった学生時代から溝呂木の大ファンで、作家として尊敬している。藤乃朱の原稿を読んでいたことから、溝呂木の盗作を疑う。
溝呂木コヨミ(平祐奈)
溝呂木舜の姪。栄養士の専門学校に通うため溝呂木の家に居候し、家事全般をこなしている。幼い頃から溝呂木に恋心を抱いており、熱心に彼の身の回りの世話を焼く。
望月剛(おかやまはじめ)
琥珀警察署刑事課に勤務するベテラン刑事。溝呂木舜の作品のファン。藤乃朱の事件の真相を追いつつ、暴走する部下・海馬を心配する。
海馬芳嗣(武田航平)
琥珀警察署刑事課に勤務する若手刑事。藤乃朱と三木桜が同一人物ではないかと疑い、溝呂木や三木桜を密かに監視する。ある理由から事件に執着するあまり、暴走しがちになる。
野宮愛(雛形あきこ)
作家。妖艶な雰囲気のある人気女流作家。欲望や本能に忠実な一方、物事の核心を突く鋭さを併せ持つ。編集者の辻に興味を持つ。
矢田部理(渡辺いっけい)
作家。溝呂木舜の大学時代からの友人。溝呂木とは対照的に派手な生活を送っている。溝呂木の最新作「ウツボラ」に関心を抱く一方、最近の溝呂木の様子に違和感を覚えている。
八坂(森本のぶ)
「月刊さえずり」の編集長。辻の前に溝呂木を担当していた。
秋山富士子
大学生。藤乃朱の持っていた携帯電話の契約者。皆勤賞クラスの出席率で優秀な成績の学生だが、現在は行方不明になっている。
浅尾ゆかり
大手生命保険会社の社員。横領容疑をかけられ失踪した。逃亡のため、自らの顔を整形したと思われる。
佐藤日夫(長島慎治)
無免許の外科医。雑居ビルの一室で、秘密裏に開業している。整形手術も手掛ける。
各話のあらすじ(ネタバレ有)
小説「ウツボラ」を連載中の作家・溝呂木舜(北村有起哉)のもとに、藤乃朱(前田敦子)が亡くなったという連絡が入る。警察によると、朱は雑居ビルから飛び降り自殺をはかり、遺体は顔の判別がつかないほど損傷しているという。
顔のつぶれた死体となり、横たわる朱の姿にショックを隠せない溝呂木。さらに、朱にそっくりな双子の妹・桜(前田敦子)が現れ、溝呂木は動揺する。姉妹は両親の離婚で別々の親に引き取られ疎遠になっていたが、最近になって偶然図書館で再会したという。
朱は身元を示すものを何も持っておらず、携帯には溝呂木と桜の連絡先のみが登録されていた。刑事の望月(おかやまはじめ)と海馬(武田航平)は溝呂木と朱の関係を怪しむが、溝呂木は「パーティーで出会って数回会っただけだ」と説明する。
後日、溝呂木は桜とともに朱が住んでいた部屋を訪ねる。桜の目を盗んで必死に原稿を捜す溝呂木に、桜は「ウツボラ」第2回の原稿をばらまき、溝呂木が朱の作品を盗作していたことを指摘する。
「ウツボラ」は出版社に届いた新人賞の応募作品のひとつで、溝呂木がたまたま出版社を訪れた際に目にして密かに盗んだものだった。そして作者である藤乃朱に誘惑され、溝呂木は彼女と深い関係に陥っていた。
その場を立ち去りかけた溝呂木だったが、担当編集者の辻(藤原季節)から第2回の原稿締切が迫っていることを告げられ、原稿を手に入れるために桜の誘惑に身を委ねてしまう。
桜と体を重ね、「ウツボラ」第2回の原稿を手に入れた溝呂木。彼の家に居候する姪のコヨミ(平祐奈)は、夜遅く帰ってきた溝呂木をしつこく問い詰めて怒らせてしまい、落ち込む。
刑事の海馬に呼び出された溝呂木は、桜の個人情報がでたらめだったことや、朱の携帯の契約者が秋山富士子という行方不明中の学生であることを知らされる。海馬は朱と桜が同一人物であり、亡くなったのは桜に殺された富士子ではないかと推測していた。
朱の部屋に寝泊まりする桜は、溝呂木に電話して「今夜、会ってください」と泣きながら頼む。桜の正体と真意がわからず怯える溝呂木に、桜は「私たちで本を出しましょう。ウツボラを一冊の本にしましょうよ」と告げる。
その頃、編集者の辻は溝呂木の盗作を疑っていた。彼の手元には、藤乃朱が書いた「ウツボラ」の原稿があった。
溝呂木は三木桜との密会を重ね、彼女から藤乃朱の原稿を受け取って「ウツボラ」の連載を続けていた。
辻は溝呂木の友人でもある作家・矢田部理(渡辺いっけい)から、「ウツボラを書いたのは誰だ」と問い詰められる。矢田部は「ウツボラ」が溝呂木の作品ではないことに気づいており、辻が盗作の事実に怯えていることも見抜いていた。
警察は、三木桜が無免許の外科医・佐藤日夫のもとに通っていることを突き止める。佐藤は雑居ビルの一室で秘密裏に営業し、整形手術も手掛けていた。
事件は本部の管轄となるが、諦めきれない海馬は望月の忠告を無視して雑居ビルに乗り込み、佐藤に逃げられてしまう。
望月は、三木桜が整形手術を受けて今の顔になったのではないかと考えていた。
海馬は秋山富士子が通う大学で彼女の現住所を入手し、部屋を調べようとする。だが望月に止められ、「これ以上のスタンドプレーはやめろ」と注意される。
溝呂木は藤乃朱と三木桜が別人であることを感じつつ、桜に既視感を覚える。桜は公園で手を握ろうとして溝呂木に拒絶され、激しく混乱する。そして朱の名前を口にする溝呂木に、「朱はいないんです、本当は最初から」と口走る。
望月と海馬は失踪中の秋山富士子の部屋を訪ね、そこで桜に会う。秋山富士子との関係を問われて動揺する桜を見て、望月は彼女が秋山富士子だと確信する。
辻のもとに「溝呂木舜にはゴーストライターがいる。ウツボラは盗作だ」というメールが届く。辻は詳しく聞かせてほしいとメールを返信し、送り主とコンタクトを取る。
過去。図書館でいつも溝呂木舜の本を読んでいる女性に声をかける桜。名前を聞かれた彼女はとっさに思いついた「三木桜」という名を口にする。
望月は暴走しがちな部下・海馬を諭すため、彼を連れて藤乃朱が飛び降りたビルを訪れる。海馬は藤乃朱に自身の自殺した妹を重ねていた。望月は藤乃朱が命を絶つ直前まで誰かと電話で話していたことから、遺言を残したかもしれないと考えていた。
溝呂木に拒絶されて精神的に追い詰められた桜は、藤乃朱を名乗って編集者の辻に接触する。彼女が「ウツボラ」の作者だと信じ込んだ辻は、胸に秘めていた「ウツボラ」との出会いを告白する。
当時、月刊さえずりの新人賞選考の一次審査を担当していた辻は、投稿作の「ウツボラ」を読んで魅力を感じたものの、溝呂木舜の文章に似すぎていることが致命的だと考えた。そこでいったん原稿を避けておき、直接作者である藤乃朱にコンタクトを取って抜け駆けをしようとしたのだった。だが、まもなく溝呂木の読み切り作品「ウツボラ」が雑誌に掲載され、辻は秘密を抱え持つことになった。
桜は「ウツボラ」を書いたのは自分だと言い、溝呂木のゴーストライターをやめたいと話す。桜と別れた直後、辻は望月と海馬に呼び止められ、彼女が三木桜であることや、桜と溝呂木に関係する女性が亡くなっていることを知らされる。
会社に戻った辻は、溝呂木が藤乃朱の作品を盗作したという事実を編集長に告げる。だが編集長は「溝呂木舜の名前で出したほうが、作品にとっては幸せだ」と言い、盗作の事実を握りつぶす方針を示す。
失望した辻は、女流作家・野宮愛(雛形あきこ)のもとを訪ね、盗作について相談する。野宮は「私からしたら、あなたがいちばん汚いわ。あなたはもっと作家に寄り添うべきよ」と話し、辻をベッドに誘う。
望月と海馬は、「浅尾ゆかり」という新たな人物の情報を得る。大手生命保険会社の社員だった彼女は、横領容疑をかけられて失踪。逃亡のため自らの顔を整形し、捜査の撹乱を狙って三木桜にも自分と同じ顔に整形させていた。
編集者の辻は、桜に呼び出されてホテルで会う。辻は彼女が「藤乃朱」ではないことを指摘し、溝呂木が藤乃朱の作品を盗作した事実を世の中に公表すべきだと諭すが、桜は辻を誘惑して体を重ねる。そして「先生は辻さんがなさったようなことはなさいません」と告げて去っていく。桜がシーツに残した血痕を見て動揺する辻。
追い詰められた辻は溝呂木の家を訪ね、留守中の彼の部屋に忍び込んで隠してあった藤乃朱の原稿を見つけ出す。帰宅した溝呂木に向かって、「もうあなたは作家じゃない。今すぐ公表して世界中に謝罪すべきだ」と糾弾する辻。
溝呂木は自分を慕う姪・コヨミに知られまいと、必死に辻の口を塞ぐ。すると辻は、「黙っていてほしいなら、コヨミさんを一晩、僕に貸してください」と告げる。
編集者の辻は溝呂木を脅迫し、盗作を隠蔽する交換条件としてコヨミを要求する。そして料亭に呼び出されたコヨミに、「ウツボラ」が盗作である事実を告げる。
だがコヨミは「きっとまた自分の力で書いてくれると信じてる」と真摯な想いを語る。コヨミの純粋な想いに触れ、自らの行動の愚かさに気づいた辻は、コヨミの前で泣き崩れる。
刑事の望月と海馬は、行方不明の大学生・秋山富士子の住むアパートに、彼女の兄・徹(アベラヒデノブ)とともに訪れる。だが部屋はすでに解約され、荷物もすべて処分されていた。望月らは三木桜=秋山富士子と確信し、ビルから飛び降りた女性が逃亡中の横領犯・浅尾ゆかりだと推測する。
桜は朱が飛び降りたビルの屋上に溝呂木を呼び出し、「私が『ウツボラ』を書いたんです」と告げる。溝呂木は「ウツボラ」と出会う前から「藤乃朱」を知っていたことを話す。溝呂木の熱狂的なファンだった「藤乃朱」は、自分が書いた小説を何十通も溝呂木に送っていた。
「ウツボラ」の最終回を前にして、「もうやめよう」と桜に告げる溝呂木。そして自分には才能がないこと、嘘にしがみついて生きてきたことを明かす。
溝呂木の一方的な絶筆宣言に激高した桜は、ビルから飛び降りようとする。焦った溝呂木は原稿を書くことを約束するが、桜は「きっと彼女のこと、書いてくださいね」と告げて飛び降りてしまう。
ビルの屋上から飛び降りた桜だったが、落下防止対策が施されていたため無事だった。病院で目覚めた桜は、刑事の望月と海馬から溝呂木が行方不明だと聞かされる。
桜は病院から姿を消す。彼女が向かったのは、溝呂木がいる海沿いの旅館だった。溝呂木は「ウツボラ」の原稿を書き上げたことを桜に告げる。完成した「ウツボラ」を読み、ありがとうございましたと言って頭を下げる桜に、溝呂木は「君は、ウツボラの作者じゃない。私は、ウツボラの作者とは一度きりしか会ってない。そうだね?」と告げる。号泣する桜を抱き寄せ、「君こそが僕のいちばん愛しいものだ」と伝えてキスをする溝呂木。
翌朝。溝呂木は桜を誘って海を見に行く。そして矢田部に宛てた手紙を彼女に投函させ、藤乃朱の遺骨を抱いたまま入水自殺する。
辻は出版社を辞め、作家を目指すことを決める。矢田部は溝呂木の希望により遺言執行人となり、死後の手続きを行った。溝呂木の著作権はすべてコヨミの名義となった。コヨミは溝呂木と住んでいた家を引き払い、一人暮らしを始めていた。
溝呂木の死後に出版された「ウツボラ」は、作者の謎の死という話題性もあってすさまじい売上を記録し、溝呂木瞬の代表作となった。その内容は雑誌掲載時から大きく変更され、主人公の名前は「藤乃朱」になっていた。一人の男を愛した女が、その男の愛を得るために変身を重ね、その果てに亡くなるという物語。
あと3か月で溝呂木の一周忌を迎えるというある日、コヨミは溝呂木の墓の前で矢田部と会う。溝呂木の死が理解できないコヨミに、「作家にとって生きることってのは、書くことなんだよ。書けない作家は、死人と同じだ」と告げる矢田部。
溝呂木の墓をあとにしたコヨミは、黒い服を着た妊婦とすれ違う。
感想と考察(ネタバレ有)
混乱しますね。現在も混乱中です。それも含めて、余韻を残す作品でした。
冒頭から映像と音楽の美しさ、言葉のセンスに引き込まれました。ロケーションも毎回すばらしくて…終始、その世界観に圧倒されました。
ストーリーには多くの謎が含まれ、それらは最後まではっきりと明かされることはありませんでした。見た人に想像と判断を委ねているところも好きです。
いくつかの謎について、わたしなりの考察をしたいと思います。原作は未読ですので、ドラマに限っての考察になります。これが正解とは思わず、あくまで「一個人の感想」として参考にしていただければ幸いです。
ここからは結末のネタバレを含みます。ご注意ください。
溝呂木瞬のコンプレックスとは
第3話で、藤乃朱の妹を名乗る三木桜と体を重ねた後、「よくわかっただろ、私という男が。男というのもおこがましいが」と言っていることから、彼は性機能障害を抱えていたんだろうと思います。
その原因として、「小学生のころ、自転車ごと車にはねられたことがある。体ごとふっとんで。そのときに…いや、わからない」と話しています。この事故の回想シーンは何度か出てくるので、溝呂木にとって心理的に深い傷を残しているのかと。
「私の才能はもう…才能なんてないんだよ! 見せかけて、騙してきて、大仰に飾り立てて嘘ついて。嘘だ! 全部、嘘だ! それでもその嘘に、空っぽの嘘にしがみついて生きてきたのに!」
第7話の屋上でのセリフにも、盗作する前から「嘘」をついていたことがほのめかされています。
彼は耽美的・官能的な作品を書いていましたが、性的不能であることから、実体験をもとに書きたくても書けない状況だった。そして想像(嘘)には限界があった。
彼を盗作せざるをえないまでに追い詰めたのは、それだけが理由ではないと思いますが、「そもそも今の世代に生かされながら、次へとつなぐことのできない自分は、最初から死んでいたのかもしれない」というセリフや、女遊びが派手な友人・矢田部に憧れていたことからも、この件は溝呂木にとってかなり根深い問題だったように思えます。
ですが、ラストシーンで溝呂木の墓を訪れた三木桜は、大きなお腹をしていました。
子供の父親はおそらく溝呂木でしょう。海辺の旅館で最後に会ったとき、2人は愛し合うことができたんだな…と思うと、とても切ない気持ちになります。
ウツボラの作者「藤乃朱」の正体
溝呂木が「藤乃朱」「三木桜」と出会った経緯を時系列にしてみます。
- 「藤乃朱」という人物から50通以上もの封筒(中身は自作小説)が届く
- 出版社を訪れた際、新人賞の応募作品の中に「藤乃朱」と書かれた封筒を見つけ、ひそかに持ち帰る
- 藤乃朱が書いた「ウツボラ」を、月刊「さえずり」に読み切り新作として掲載する
- 出版社のパーティーで藤乃朱と出会い、脅迫されて関係を持つ(その後も何度か密会)
- 藤乃朱が飛び降り自殺をはかり、病院で朱の妹を名乗る「三木桜」と出会う
- 三木桜と密会を重ね、「ウツボラ」の原稿をもらう(ウツボラ連載開始)
- 三木桜に嘆願され、自らの手で「ウツボラ」を書き直し、完結させる
「ウツボラ」の作者「藤乃朱」は、失踪中の大学生・秋山富士子だと考えるのが自然です。
「フジノアキ」というペンネームは、「アキヤマフジコ」の文字を入れ替えたアナグラムっぽいものになっているからです。
そして回想シーンなどから、彼女が溝呂木瞬の熱狂的なファンだったことがうかがえます。
溝呂木は出版社のパーティーで出会った女性が「ウツボラ」の作者だと思い込んでいましたが、このときの「藤乃朱」は秋山富士子ではなく、浅尾ゆかりでした。
秋山富士子と浅尾ゆかりの出会い
何度か回想シーンに出てきましたが、秋山富士子と浅尾ゆかりの出会いは図書館でした。こちらも時系列にしてみます。
- 図書館で溝呂木の本ばかり読んでいる秋山富士子に興味を持ち、浅尾ゆかりが「三木桜」を名乗って声をかける
- 秋山富士子が書いた小説「ウツボラ」を、浅尾ゆかりが無断で出版社に送る。同時期、秋山富士子も「ウツボラ」を出版社に送っていた(ひとつは溝呂木が盗作、ひとつは辻が隠匿した)
- 溝呂木の盗作を知った浅尾ゆかりが「藤乃朱」を名乗り、出版社のパーティーに潜り込んで溝呂木と会う
- 秋山富士子が闇医者の整形手術を受け、浅尾ゆかりと同じ顔になる(浅尾ゆかりが髪を切る)
- 秋山富士子が「藤乃朱」として溝呂木に会い、暗い部屋で抱かれる(最後の密会となる)
想像ですが、おそらく浅尾ゆかりは秋山富士子に友達以上の想いを持っていたのだと思います。
しかし秋山富士子の心を占めていたのは作家・溝呂木瞬でした。浅尾ゆかりが溝呂木に接近した理由は嫉妬だったのか、それとも秋山富士子の想いを叶えさせるためだったのか。
いずれにしても、最終的に浅尾ゆかりは秋山富士子の願いを叶えるために、彼女を自分と同じ顔に整形させて、溝呂木のもとに送り込んでいます。
「完璧だわ。まるで鏡に写したようだわ。これで準備はすべて整ったわね。たった今からあなたが藤乃朱よ。そんな怯えたうさぎみたいな顔しないで。ほんとに心配ない。部屋を真っ暗にしておくといいわ」
念願かなって溝呂木に抱かれた秋山富士子でしたが、溝呂木は誰も愛しておらず、「作家は自分の作品しか愛してない」ことに気づきます。
ここからが問題。ビルから飛び降りて自殺したのは、「秋山富士子」なのか「浅尾ゆかり」なのか。
刑事の望月と海馬は、自殺したのが「会社員の浅尾ゆかり」、生きているほうが「大学生の秋山富士子」だと判断しています。
しかし、2人の整形手術を行った闇医者は、望月から「女子大生(秋山富士子)は変わらずに暮らしてますよ」と聞くと、意味深な笑いを浮かべていました。
そして、「いや、彼女のことを思い出しただけですよ」と、これまた含みのある言い方をしています。
このシーンからは、死んだのが秋山富士子で、浅尾ゆかりが生きていることを示唆しているようにも思えます。
さらに最終話、溝呂木は旅館を訪ねてきた三木桜に、「君は、ウツボラの作者じゃない。私は、ウツボラの作者とは一度きりしか会ってない」と言っていました。
つまり、飛び降り自殺をはかったのは「秋山富士子」のほうだということになります。
いったい、自殺したのは誰で、生きている女性はどちらなのでしょうか?
死んだ女性は誰なのか?
いくつかの要素から考えると、飛び降り自殺をしたのが「秋山富士子」、生きているほうが「浅尾ゆかり」と考えるのが妥当だと思いました。
まずは自殺した動機です。
秋山富士子には、溝呂木の愛を手に入れることはできないという絶望があり、彼に愛されるためには死んで「作品」になるしかないという動機があります。
一方、浅尾ゆかりには動機がありません。警察も言っていたとおり、生きるために整形までした彼女が、そう簡単に生きることを諦めるとは思えない。
そして、ショートケーキの件。
最終話、病院で目覚めた「三木桜」に、刑事の望月は秋山富士子の好物であるショートケーキを差し入れます。しかし、彼女はそのケーキを食べませんでした。
第1話では彼女はチーズケーキを食べているので、彼女の正体が「ショートケーキが好きな秋山富士子」ではないことを示しているように思えます。
自殺したのが秋山富士子だとすると、その後の「三木桜(浅尾ゆかり)」の行動も腑に落ちます。
彼女の目的は、死んだ秋山富士子の想いを叶えること。
つまり溝呂木に「ウツボラ」を書かせること。溝呂木が書くことで、秋山富士子は「作品」として永遠に溝呂木に愛されることになるからです。
最終話、病院で目覚めた「三木桜」はこう言ってます。
「一度は失敗もしました。彼女が私に熱を与えてくれたんです。彼女のおかげです」
このセリフも、逃亡犯となった浅尾ゆかりが、秋山富士子と出会い、彼女から情熱を与えられて新しい人生を得た…というふうにも解釈できます。
その情熱とは溝呂木への愛で、浅尾ゆかりは溝呂木を愛することで生まれ変わったのだと。
そして決定的だと思ったのが、最終話で完成した「ウツボラ」の原稿を読んだときの彼女のセリフ。
「私…うまくやれたでしょうか? 私が彼女を…。だから…」
秋山富士子を自殺に追いやってしまった後悔と自責の念。溝呂木に「ウツボラ」を書かせるためだけに「三木桜」を演じ続けたこと。これまで押し殺してきた想いが、一気に溢れた瞬間だったのかな…と思います。
三木桜の不可解な言動
でも…でも、ですね。100%「死んだのは秋山富士子」とは言い切れない部分があるんです。
これはわたしの感覚的なものなのですが、三木桜を名乗る女性(生きているほう)があまりにも繊細すぎるんです。
「会いたかった」と泣きながら溝呂木に抱きついたり。溝呂木に手を握るのを拒絶されただけで動揺したり。実は処女だったり。完成した「ウツボラ」を読んで、子供のように号泣したり。
これらの場面からは、大胆不敵な浅尾ゆかりのイメージからはかけ離れていて、どちらかというと内向的な秋山富士子のほうがしっくりくるんです。
もうひとつの違和感は、
溝呂木の「三木桜の体は温かい。藤乃朱の体は冷たかった」というセリフ。溝呂木が知っている「藤乃朱」とは浅尾ゆかりのことなので、もし三木桜(生きているほう)が浅尾ゆかりだとすると、矛盾してしまいます。
しかも第7話の冒頭では、「最後に藤乃朱と会った夜、部屋は暗かった」「その腕はいつもより温かかった」と言っています。
この“最後に暗い部屋で会った藤乃朱”とは、秋山富士子のことです(この1回だけ浅尾ゆかりと入れ替わった)。
とすれば、温かいのは秋山富士子、つまり生きているのは秋山富士子になります。
さらに、「藤乃朱」が自殺するとき、最後に電話で伝えた言葉。
「アパート宛に郵便を出したわ。あなたにも内緒にしていた部屋があるの。そこにあなたに残したものを置いてあるから、きちんと受け取ってね」
もしも自殺した藤乃朱が秋山富士子だとすると、彼女は学生の身分で2つの部屋の家賃を払っていたことになり、現実的ではありません。
これが浅尾ゆかりなら、横領した金があるので可能だし、「あなたに残したもの」はお金かもしれないと想像できます。
もちろん、本当の浅尾ゆかりがどんな女性だったのかなんて誰も知りません。
実は不安を抱えていたのかもしれないし、秋山富士子の自殺でパニックになり、心が不安定になっていた可能性もある。
あるいは、彼女自身が「秋山富士子」に同化してしまったという解釈もできます。
というわけで、いろいろ考えましたが、わたしの中では結論が出ませんでした。
だけどモヤモヤする感じはなくて、むしろ結論が出ないほうがうれしいというか…結論を出してしまうのがもったいないと思える、ふしぎな作品でした。