原作「殺人は容易だ」ネタバレ解説|疑われない者が最も危険

アガサ・クリスティ小説「殺人は容易だ」ネタバレあらすじ解説

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アガサ・クリスティの長編小説殺人は容易だ」を読みました。

前回読んだ「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」に続くノンシリーズの長編。書かれたのは「そして誰もいなくなった」と同じ1939年です。

田舎町で次々と起こる不審な死に疑問を抱いた元警察官のルークが、一見“無害”に見える普通の人々の中から真犯人を探す物語。日常に紛れた連続殺人と、それを誰も疑わない社会の怖さが浮き彫りになります。

戦争前夜の不穏な空気と田舎社会の閉鎖性が巧みに織り込まれていて、タイトルの通り“殺人は容易”であることが、静かな絶望として迫ってくる作品です。

ポアロやミス・マープルは登場しませんが、「チムニーズ館の秘密」などに登場するバトル警視が終盤ちょこっとだけ出てきます。

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登場人物(ネタバレなし)

ルーク・フィッツウィリアム
植民地駐在警察官だったが退職し、イギリスに帰国した。ロンドンに向かう列車の中でミス・ピンカートンと出会い、彼女の村で連続殺人事件が起きていることを知る。当初は本気にしなかったが、ロンドンで彼女が死んだことを新聞記事で知り、捜査に乗り出す。

ジミー・ロリマー
ルークの旧友。ルークが身分を隠して村に潜入できるよう、いとこのブリジェットに協力を求める。

ラヴィニア・ピンカートン
ウィッチウッド村の老婦人。ロンドンへ向かう列車の中でルークと出会い、村で連続殺人事件が起きていることを話すが、ロンドン警視庁にたどり着く前にひき逃げ事故に遭い死亡する。“ウォンキー・プー”という名の猫を飼っている。

ゴードン・ホイットフィールド卿
アッシュ館の主人。週刊誌の経営者。自己顕示欲が強く尊大だが、信心深く道徳観念が強い一面も持つ。もともとは靴屋の息子だったが、出世して大富豪になった。郷里であるウィッチウッド村を自分の思いどおりに作りかえようと意気込んでいる。

ブリジェット・コンウェイ
ホイットフィールド卿の秘書で、婚約者。いとこのジミーに頼まれて、ルークを“いとこ”としてアッシュ館に滞在させる。ルークの「民間伝承の本を書いている」というウソを即座に見抜き、彼の真の目的を知って協力を買って出る。

ホノリア・ウェインフリート
図書館で働く中年の独身女性。お手伝いとして雇っていたエイミーの死に疑念を抱いている。かつて住んでいた屋敷はホイットフィールド卿が買い取り、現在は図書館と博物館になっている。

ジョン・E ・ハンブルビー
医学博士。古風で率直な人物。村の住人からは信頼されていたが、ホイットフィールド卿とは対立していた。ミス・ピンカートンが「次に殺される」と予言していた人物で、ルークが村に来る前に急性敗血症で亡くなった。

ジョフリー・トーマス
医師。ハンブルビーのビジネスパートナー。謙虚で誠実な人物。ハンブルビー医師の陰にかすんで生彩を欠いていたが、彼の死後、本来の能力を発揮するようになる。ローズとの交際をハンブルビーに反対されていた。

ローズ・ハンブルビー
ハンブルビーの娘。トーマスとの仲を父親に反対されていた。ミス・ピンカートンから「ハンブルビー医師の身に何かが起こるかもしれない」と警告されていた。

リヴァーズ
ホイットフィールド卿の運転手。

トミー・ピアス
村の少年。生意気で素行が悪く、住人から嫌われていた。図書館の窓を拭いていたときにバランスを崩して転落死した。過去にアッシュ館や弁護士事務所でも働いていたが、いずれも雇い主を怒らせて解雇されている。

ピアス夫人
トミーの母。村の大通りでタバコや紙の売店を営んでいる。情報通。

エイミー・ギブス
ウェインフリート家で住み込みのお手伝いをしていた赤毛の女性。アッシュ館やホートン家でも働いていたことがある。せき止め薬と間違えてハット・ペイント(帽子の塗料)を飲み、死亡した。

ジム・ハーヴィ
自動車修理工。エイミー・ギブスの婚約者。

アボット
事務弁護士。派手なツイードを着こなす陽気な大男。トミー・ピアスを雇ったことがある。上水道の問題でハンブルビー医師と対立していた。

ホートン少佐
退役軍人。3匹のブルドッグを飼っている。1年前に妻を病気で亡くし、莫大な財産を手に入れた。トミー・ピアスが転落死する直前に目撃している。

リディア・ホートン
ホートン少佐の妻。1年前に急性胃炎で亡くなった。気性が強く、村の住人からは嫌われていた。

ハリー・カーター
居酒屋「セブン・スターズ」の亭主。家に帰る途中、泥酔して川に落ち、溺死した。酒浸りで毒舌だったため、村の大部分の人と悶着を起こしていた。

エルズワージー
村で骨董品店を営む青年。黒魔術に詳しいという噂があり、村の住人から気味悪がられている。エイミー・ギブスと深い関係にあったらしい。

アルフレッド・ウェイク
教区牧師。礼儀正しい小柄な老人で、古物研究家でもある。

ビリー・ボウンズ(ウィリアム・オシントン卿)
ロンドン警視庁の副総監。ルークの友人。ルークから助けを求められ、バトル警視をウィッチウッド村に派遣する。

バトル警視
ロンドン警視庁の警視。事件の解決と容疑者の逮捕に協力する。

あらすじと解説(ネタバレ無)

『殺人は容易だ』は1939年に発表されたノンシリーズの長編小説です。

日常に潜む狂気を描いた作品で、社会の盲点や人間の鈍感さへの警鐘が込められています。クリスティが「名探偵のいない世界」で人間の闇と社会の構造を描こうとした挑戦作とも言えます。

発表された1939年6月は第二次世界大戦勃発の直前で、社会不安が高まっていた時期でした。

クリスティは戦争の影響で人間関係や社会秩序が揺らぐことに強い関心を持っており、「誰にも疑われなければ殺人は容易」というテーマは、戦時下の不信感や監視社会への皮肉とも読めます。

はじまりは列車の中

海外(英領植民地)での勤務を終えて帰国した元警察官のルーク・フィッツウィリアムは、ロンドンへ向かう列車の中で老婦人ラヴィニア・ピンカートンに出会います。

彼女は、自分の住む村でひそかに連続殺人事件が起きていて、そのことをロンドン警視庁に通報しに行くのだと語ります。

てっきり妄想だと思い込んだルークは、「何度も人殺しをしながら罪を逃れるということは、かなり難しいですよ」と指摘します。すると、彼女はこう反論します。

「いいえ、その考え方はまちがっていますわ。殺人はとても容易なんですよ——だれにも疑われなければね。じつは問題の人物は、だれも疑ってみようともしないような人なのです」

「殺人は容易だ」より

これは、本作のテーマ象徴する重要なセリフです。しかしルークは彼女の言葉を信じず、「幸運を祈りますよ」と告げて別れます。

ミス・ピンカートンとハンブルビー医師の死

ロンドンに着いたルークは、友人のジミーの家に泊まります。そして翌朝、新聞の記事でミス・ピンカートンがひき逃げ事故に遭い、死亡したことを知ります。

さらに一週間後、新聞の死亡欄でハンブルビーという医者がウィッチウッド村の自宅で急死したことを知り、驚愕します。ハンブルビー医師は、ミス・ピンカートンがつぎの被害者になるに違いないと予想していた人物でした。

彼女の話は本当だったのかもしれない…と思い始めたルークは、みずからウィッチウッド村に乗り込んで捜査することを決めます。

偶然にも、ジミーのいとこのブリジェットが大富豪のホイットフィールド卿と婚約してウィッチウッド村に住んでいるというので、ルークはジミーを通してブリジェットに頼み、彼女の“いとこ”として村に潜入することに。

ウィッチウッド村は魔女伝説で有名な村だったので、ルークは「古い民間伝承の本を書くため」というウソの目的をでっちあげます。しかし聡明なブリジェットはすぐにそのウソを見破り、ルークの本来の目的を知って捜査への協力を買って出ます。

不審な死を遂げた人々

ルークはホイットフィールド卿の豪邸アッシュ館に滞在しながら、本の取材という名目で村の住民たちから話を聞き、村で起きた数々の“不審死”について調べます。

わかったのは、いずれも病死や事故死として扱われ、誰も疑っていないということでした。

被害者リスト
  • リディア・ホートン
    急性胃炎の再発
  • エイミー・ギブス
    誤飲による中毒死
  • ハリー・カーター
    橋からの転落死
  • トミー・ピアス
    高所からの転落死
  • ラヴィニア・ピンカートン
    ひき逃げ事故
  • ハンブルビー医師
    敗血症

捜査を続ける中で、ルークはミス・ピンカートンの友人であるホノリア・ウェインフリートが、エイミー・ギブスの死に疑問を持っていることに気づきます。

彼女の聡明さに好ましい印象を受けたルークは、ホノリアに自分の正体を明かし、協力関係を築こうとします。しかし彼女は頑なに「疑わしい人物」の名前を言いませんでした。

容疑者を絞り込む

ルークは容疑者を4人に絞り込みますが、決め手に欠けていました。

容疑者リスト
  • トーマス医師
  • アボット弁護士
  • ホートン少佐
  • エルズワージー

ホノリアはルークの身を案じ、忠告します。

「あなたはまだよくわかっていないみたいですけど、彼はとても利口な男なんですのよ。しかも、ものすごく用心深いのです! おまけに、彼は経験を積んでいるのですよ――おそらくわたしたちの想像以上に」

「殺人は容易だ」より

彼女の言う「彼」とはいったい誰なのか。ルークは頭を悩ませます。

※ここから先はネタバレを含みます。ご注意ください

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