ネタバレ有*映画「殺さない彼と死なない彼女」“彼らのいる世界”が繋がっていく

映画「殺さない彼と死なない彼女」ネタバレ解説

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映画「殺さない彼と死なない彼女」のあらすじと感想です。

予想していた内容とはまったく違ってて、いい意味で裏切られました。もっと普通の(普通ってのも変だけど)キラキラ青春映画だと思ってた。

原作はTwitterで話題になった世紀末さんの同名4コマ漫画。映画を見てから原作を読んでみて、原作の空気感をそのまま映像にしたんだ! とわかりました。

昭和初期のような古い言い回しのセリフが個人的にはすごく気に入って、見始めはストーリーよりも作品の空気が醸し出す独特の世界観にぐいっと引き込まれた感じ。世代に関係なくオススメです。

作品概要

  • 製作国:日本
  • 上映時間:123分
  • 公開日:2019年11月15日
  • 原作:世紀末「殺さない彼と死なない彼女」
  • 脚本・監督:小林啓一(「ももいろそらを」「ぼんとリンちゃん」)
  • 音楽:奥華子
  • 主題歌:奥華子「はなびら」

予告動画

原作について

この映画の原作は、世紀末さんのコマ漫画『殺さない彼と死なない彼女』です。

もともとはTwitterの投稿で「泣ける4コマ」として話題になった作品らしいのですが、わたしは(たまにしかTwitterを見ないので)今回映画を見るまで全然知らなかったです。

シンプルな線で描かれたほんわかとしたタッチの絵柄と、直球でわかりやすいセリフのやりとりが日常の空間に潜む孤独をすくいあげ、哲学的ともいえる独特な作品世界を生み出していました。

大人びた小坂とピュアな鹿野の関係は、現代版のチッチとサリー(昔懐かしい「小さな恋のものがたり」)を思わせてほのぼのさせられますが、ラストには衝撃の展開が。

読み終わったあと、深い余韻を残す作品でした。

登場人物(キャスト)

小坂れい(間宮祥太朗)
無気力な高校生。「殺す」が口癖。留年しているためクラスで浮いている。教室のゴミ箱に捨てられていた蜂の死骸を拾う鹿野を見て、興味を抱く。スマホ依存症。

鹿野なな(桜井日奈子)
日常的にリストカットを行うネガティブな女子高生。「死にたい」が口癖。自分にまとわりつく小坂に徐々に心を開いていく。

宮定澄子“地味子”(恒松祐里)
見た目が地味な女子高生。面倒見がよく、幼なじみのきゃぴ子にとっては“ヒーロー”のような存在だが、実は乙女チックな思考の持ち主。

堀田きゃぴ子(堀田真由)
自分が“かわいい”ことを自覚し、最大限に利用するモテ女子。実は全人類から愛されたいと思っている寂しがり屋。地味子とは幼なじみ。

大和撫子(箭内夢菜)
八千代のことが大好きで、告白が日課になっている。八千代に何度フラれてもめげず、「好き」を伝え続ける。

宮定八千代(ゆうたろう)
地味子の弟。囲碁部に所属するクールなインテリ系男子。撫子の告白を本気にせず、受け流している。

イケメンくん(金子大地)
きゃぴ子が思いを寄せる男の子。ほかに付き合っている彼女がいる。

サイコキラーくん(中尾暢樹)
ネットで動画が拡散されている殺人犯。

さっちゃん(佐藤玲)
八千代の幼なじみ。現在は結婚して子供がいる。

きゃぴ子の母(佐津川愛美)
派手好きで遊び好き。幼いきゃぴ子を家に残して外出することが多かった。

小坂の母(森口瑤子)
息子と鹿野の関係を温かく見守る。

あらすじ

何事にも興味を持てない高校3年の小坂れい(間宮祥太朗)は、ある日教室のゴミ箱に捨てられていた蜂の死骸を拾い、校庭に埋葬するクラスメイト・鹿野なな(桜井日奈子)と出会う。

「虫は嫌いだけど虫をゴミ扱いする人はもっと嫌い」「一番嫌いなのは私自身」と語る鹿野は、リストカット常習者で「死にたい」が口癖の超ネガティブ少女だった。

小坂は「死にたいなら俺が殺してやるよ」と言い、命を大切に扱うのに死にたがりの鹿野に興味を抱く。鹿野もまた、口は悪いが蜂の墓に「ハッチ」と書いたアイスの棒を立てる小坂に、心を開いていく。

万人に愛されたいきゃぴ子(堀田真由)は、彼氏ができても長続きしない。嫌われるのを恐れて自分から振ってしまうのだ。親友の地味子(恒松祐里)は「バカな女」と言いつつ、きゃぴ子を励まし寄り添う。

八千代(ゆうたろう)に恋する撫子(箭内夢菜)は、八千代に「好き」と告白することが日課になっている。その気がない八千代は諦めさせようとするが、撫子は「あなた以外考えられない」と言う。

きゃぴ子は本当に好きなイケメンくん(金子大地)にだけは、「好き」と告げることができない。実はイケメンくんには彼女がいて、きゃぴ子との関係は遊びだった。イケメンくんは彼女を選び、きゃぴ子に別れを告げる。

学校で「地味子がきゃぴ子の悪口を言っていた」と友達から聞いたきゃぴ子は、教室に確かめにいく。地味子はきゃぴ子の悪口を言うクラスメイトに「黙れブス」と言い返し、「きゃぴ子はかわいいよ」と反論していた。2人は今まで通り、仲良く一緒に帰る。

撫子への気持ちが変わり始めた八千代は、撫子に誘われて一緒に映画を見に行く。帰り道、八千代は撫子に「好きなんだ」と告白する。八千代はかつて年上のさっちゃん(佐藤玲)に振られ、その傷を癒やせずにいたことを打ち明ける。

小坂と鹿野は本音で語り合ううちに一緒にいることが当たり前になり、小坂は「同じ大学に行こう」と鹿野を誘う。「未来の話をしようぜ」と言う小坂。だが鹿野と別れた後、小坂はサイコキラーくん(中尾暢樹)に刺されて死んでしまう。

小坂の死を受け入れられず、死んで彼のもとへ行きたいと考え始める鹿野。夢の中に現れた小坂は、鹿野に渡せなかった物があると伝え、「おまえは俺がいなくても、ちゃんと起きて飯食って学校に行くんだよ」と言う。

鹿野はご飯を食べて学校へ行き、小坂が机の引き出しに入れていた自分宛の誕生日プレゼントを見つける。小坂の葬式の日が鹿野の18歳の誕生日だった。不細工な猫のマスコットを見て笑い、小坂の匂いが残る服を抱き締めて泣く鹿野。

再び夢の中に小坂が現れ、「ずっとお前のこと見てるよ」と言う。春になり、鹿野は大学生になる。河川敷で手首を切ろうとしている撫子を見て、「未来の話をしましょう」と寄り添う鹿野。

撫子を見送り、鹿野はひとりで桜並木を歩く。これからも私のことを見ていてね、と心の中で話しかける鹿野の隣には、小坂が並んで歩いていた。

感想(ネタバレ有)

〝彼らのいる世界〟が繋がっていく

風変わりな青春映画ですごく面白かったです。年齢的に、高校生くらいの年齢の登場人物に感情移入することが難しくなってきてはいるのですが、この作品はそういうこと(年齢やジェネレーションギャップ)とは関係なく楽しめました。

ひとつは最初にも書きましたが、古いセリフの言い回しが面白かったこと。最近の女の子は「~だわ」とか「~かしら」なんてほぼ言わないけど、わたしが子供の頃は、ドラマや漫画の少女たちは普通に使ってました。

このセリフの違和感が「リアルではない世界」を見せていて、わたしの中にある〝今どきのリアルな青春映画〟への抵抗を一瞬で吹き飛ばしてくれたのです。

いったん感情移入や共感といったベクトルから離れ、客観的に「物語」として楽しむ位置につけたことが大きかったかな、と。そうして〝こちら側〟から物語を楽しむうちに、自然と〝彼らのいる世界〟と〝自分のいる世界〟が繋がっていった、そんな不思議な感覚でした。

哲学的だけど重くない会話

もうひとつは、哲学的な会話のやりとりが面白かったこと。一風変わった登場人物たちがゆるやかに吐き出す言葉は、どれも一見とりとめがないようで、核心を突いていることに徐々に気づかされます。

だからといって難解というわけではないんですよね。4コマ漫画のちょっと笑える要素も入っていて、ときどきフフッと笑いながら見ていられる緩さがあります。

もうひとつは光の表現。どの場面もやわらかくあたたかな日射しを感じられる素晴らしい映像です。監督のインタビュー記事を読むと、この作品はすべて照明部なしの自然光で撮影を行っていて、「フェルメールの描く光のやわらかさを映像で再現できたら、という個人的な探究心もあります」と語られていました。納得です。

そして最後は、奥華子さんの劇伴。心地よく画面に溶け込んでいて、この作品の不思議な世界観を作り上げていました。

ラストで明かされる時間のズレ

終盤の展開も見事で、驚かされました。それぞれ同じ時間の中で描かれていると思われた「小坂&鹿野」と「きゃぴ子&地味子」「撫子&八千代」の物語が、実はズレていたことがラストで明らかになります。

きゃぴ子と地味子が1年生の時にシリアルキラーくんに殺されて亡くなった生徒は、小坂だったことがわかります。お葬式で「そんなに言うなら彼の目を覚ましてみろよ」と叫んだのは、鹿野でした。

そして小坂を失って大学生になった鹿野の前に現れたのは、八千代に初めて告白して振られ、自傷行為に走ろうとしていた撫子です。そこで鹿野は「未来の話をしましょう」と彼女を励まします。

撫子が過去の恋をひきずる八千代に「未来の話をしない?」と言えたのは、鹿野との出会いがあったからだということがわかります。

別々だと思われた3つの物語は実は繋がっていて、彼らはそれぞれ、どこかで誰かに影響を与えたり、与えられたりしていたことがわかるのです。

小坂の死は悲しいけれど、彼と過ごした時間は鹿野を孤独から救い、生きる意味と未来を与えました。そして小坂の想いは鹿野の言葉となって、撫子を救い、八千代を救うことになったのです。

人は生きることで知らないうちに誰かを救っている。孤独だと思っていた自分の世界は、どこかで誰かと繋がっている。

見終わったあとは、やわらかな希望とやさしい温もりの余韻が残りました。

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