映画「ユリゴコロ」感想|殺人に取り憑かれた主人公の〝ユリゴコロ〟とは

映画「ユリゴコロ」ネタバレ解説

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WOWOWで放送されていた映画「ユリゴコロ」を見ました。

怖くて切なくて悲しい映画でした。
PG-12指定のため、血が苦手な人は要注意です。

作品情報

  • 製作国:日本
  • 上映時間:128分
  • 公開日:2017年9月23日
  • 監督・脚本:熊澤尚人(「おと・な・り」「君に届け」「心が叫びたがってるんだ。」)
  • 原作:沼田まほかる『ユリゴコロ』
  • 音楽:安川午朗
  • 主題歌:Rihwa「ミチシルベ」

あらすじ

カフェを営む亮介(松坂桃李)の日常はある日突然崩れ去った。男手ひとつで育ててくれた父親が余命わずかと診断され、結婚を控えていた千絵(清野菜名)はこつ然と姿を消してしまったのだ。新しい家族を作ろうとしていた矢先の出来事を受けとめきれない亮介は、実家の押し入れで一冊のノートと巡り会う。「ユリゴコロ」と書かれたそのノートに書かれていたのは、美紗子と名乗る女(吉高由里子)の手記。人を殺めることでしか自分の生きる世界と繋がることができない女性の衝撃的な告白だった。
そんな美紗子もやがて洋介(松山ケンイチ)と運命的な出会いをし、「愛」というこれまで知る由もなかった感情に触れることとなる。しかしそれはさらなる悲劇の幕開けにすぎなかった。
自らの失意の中、美紗子の人生の奥深くに触れていくにつれ、次第にその物語が創作だとは思えなくなる亮介。いったい誰が、何のためにこれを書いたのか。なぜ自分はこれほどまでにこの手記に惹かれるのか。そして機を待っていたかのように、千絵のかつての同僚だったという細谷(木村多江)が、千絵からの伝言を手に亮介の前に現れた……。(公式サイトより)

キャスト

美紗子……吉高由里子
亮介……松坂桃李
洋介……松山ケンイチ
亮介の父……貴山侑哉
みつ子……佐津川愛美
千絵……清野菜名
美紗子(中学生)……清原果耶
細谷……木村多江

原作について

この映画の原作は、沼田まほかるさんのミステリ小説「ユリゴコロ」(2011年刊行)です。

2012年に大藪春彦賞受賞。
「このミステリーがすごい!」国内部門第5位。本屋大賞にもノミネートされました。

わたし、沼田まほかるさんの本はまだ読んだことがないんですよね。
この映画を見てがぜん興味がわいたので、今度読んでみようと思います。

感想

サスペンスの形式をとった、異色のラブストーリーでした。

わたしは恋愛ものが苦手なのですが、熊澤尚人監督の描くラブストーリーは割と好きかもしれない。

岡田准一さんと麻生久美子さんが“一度も顔を合わせたことがない隣人同士”を演じた映画「おと・な・り」もよかったんですよね。

といっても、この作品は心温まる物語ではありません。
吉高由里子さん演じる美紗子は、次々と冷酷で残忍な殺人行為を繰り返します。

怖くて美しい映像と、美沙子が抱える孤独の深さにゾッとさせられる。

特に前半、佐津川愛美さん演じる“みつ子”とのシーンは、ほとんど直視できませんでした(重要なシーンなのですが…)

それでもラブストーリーだと思うのは、この作品がホラーでもなければ、殺人行為の倫理を問うものでもないからです。

これほどまでに残忍な殺人を繰り返す美紗子が、親切で心優しい洋介に選ばれ、愛されるという不条理。洋介に愛されることで、美紗子の〈ユリゴコロ〉が徐々に愛へと変化していく紛れもないラブストーリーなんです。

残念だったのは、ミステリーになりうる要素が用意されているにもかかわらず、どれも生かされていないこと。わたしは原作未読ですが、どうやら原作の設定を変えたことでミステリー要素が失われているようです。

原作はミステリー、映画はラブストーリーに重点を置いたサスペンス、という感じでしょうか。

以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。

〈ユリゴコロ〉とは

タイトルの「ユリゴコロ」。

冒頭で、美紗子を看たお医者さんが「ユリゴコロがない」などと言うので一瞬混乱しますが、「ユリゴコロ」という言葉は存在しません。

幼い美沙子が、「拠りどころ」を「ユリゴコロ」と聞き間違えたんですね。
以来、美沙子は〈ユリゴコロ〉を求めて人生をさまようことになります。

生まれながらに良心が欠如し、他者に共感できない美沙子。
いわゆるサイコパスでしょう。

彼女の心の〈ユリゴコロ〉(拠りどころ)は、死を味わうことでした。

亮介視点と美紗子視点

物語は、松坂桃李さん演じる亮介と、吉高由里子さん演じる美紗子の視点で、交互に展開していきます。

わたしは、美紗子のストーリーには引きつけられましたが、亮介のストーリーにはあまり心が動きませんでした。少し強引な運び方だったように思います。

経営するカフェは順調、千絵との結婚を控えて幸せいっぱいの亮介。
ところが、千絵はとつぜん前触れもなく姿を消し、父親は余命わずかと診断されてしまいます。

そんなある日、亮介は実家の押し入れで〈ユリゴコロ〉と書かれたノートを見つけます。
それは、平気で殺人を繰り返す女性の、狂気に満ちた告白文でした。

美紗子サイド:死から愛へ

人とは違う感覚を持ち、誰とも心を通わすことができない美紗子。

子どもの頃、たまたま友達が池に落ちて溺れる場面を目の当たりにし、えもいわれぬ感覚を覚えます。美紗子が死に〈ユリゴコロ〉を見い出した瞬間でした。

心を満たすための殺人を繰り返す美紗子。
仕事も続かず、ついには娼婦となって道端に立つようになります。

そんな時に出会ったのが、松山ケンイチさん演じる洋介でした。
美紗子は洋介の素朴な優しさにふれ、徐々に惹かれていきます。

ところが、洋介から「大学生の時に男の子を死なせた」ことを打ち明けられ、美紗子は激しく動揺します。実はその子どもを殺したのは美紗子で、洋介はそうとは知らずに美紗子の罪を被って苦しんでいたのでした。

美紗子は父親のわからない子どもを妊娠し、洋介から「結婚して一緒に育てよう」と言われます。
自分が殺人鬼であることを隠し、洋介と家族になる美紗子。

子どもを産むと、美紗子は「憑きものが落ちたよう」になり、洋介に愛されることで初めて「喜び」を感じるようになります。

実は洋介は性的不能者で、ずっと美紗子を抱くことができませんでした。
その洋介に美紗子が初めて抱かれるシーンが素晴らしく、とても印象的でした。

他人には決して見えない美紗子の心の風景を描いているのですが、わたしはこのシーンがいちばん心に残っています。

ユリゴコロの変化

しかし、幸福な日々は続きません。
美紗子が殺人者であることを知る男が現れます。

美紗子は、3人の平和な暮らしを守るため、男を殺します。

この時、彼女の〈ユリゴコロ〉は間違いなく家族への愛であり、もう死ではなくなっています。彼女が殺人を犯す理由が、前半とは全く異なっているのです。

洋介は、美紗子が書いたノートを読んで彼女が殺人鬼であることを知ります。
生かしてはおけないと考えた洋介は、美紗子をダムの上から突き落とそうとするのですが、どうしてもできない。

洋介は二度と会わないことを条件に、美紗子を生かすことを決めます。

亮介サイド:呼び覚まされる狂気

亮介は、美紗子のノートを読むうちに、自分の中に潜む凶暴な感覚に囚われるようになります。
そんな亮介の前に現れるのが、千絵の元同僚・細谷。

細谷は、千絵が既婚者であること、夫はヤクザで酷い扱いを受けていたこと、夫から逃げて亮介と出会ったが、夫に見つかって連れ戻されたことを、亮介に教えます。

千絵の夫を殺したい、という激しい欲求に駆られる亮介。

しかしこの細谷という女性、見るからに怪しい。

千絵の元同僚と言うだけで、見ず知らずの亮介のために探偵のような仕事までしてくれるのです。普通の女性だったら、ヤクザに監禁された千絵の居場所を突き止めるなんて、怖くてできません。

勘のいい人なら、細谷=美紗子だとピンと来てしまう。

ほかにも、細谷が失踪した千絵と偶然再会したり、細谷がひとりでヤクザの事務所に乗り込んで皆殺しにしたり、亮介が現場に落ちているオナモミを見ただけで全てを察したり。

亮介サイドのストーリーは、やや荒っぽい展開が目立ちました。

亮介の覚醒は必要だったのか?

亮介は、ノートに書かれている殺人鬼が自分の母親で、死んだと聞かされていた母親・美紗子はまだ生きており、細谷こそが整形した美紗子であることに気づきます。

この後の展開はかなり強引で、わたしはちょっとついていけませんでした。
亮介が細谷(美紗子)を殺そうとして殺せない場面とか……うーんって感じですね。

亮介が狂気に目覚めるという設定が、少し安易な感じがします。
そのせいで亮介の未来が暗いものになってしまい、千絵との再会も素直に喜べませんでした。

美紗子が病床の洋介と再会するラストシーンは、穏やかな光に満ちて幸福感に包まれていたけど、わたしは亮介の将来が気になって気になって……。

それも狙いなのかしら。

俳優陣の演技が見どころ

わたし、今まで吉高由里子さんのことが少し苦手だったのですが、これを見て好きになりました。それほど彼女が演じた“美紗子”は素晴らしかったです。

前半を見る限りは絶対に共感できない役なのですが、洋平と出会ってからの美紗子には、生まれたての赤ん坊のような純粋ささえ感じました。

ダムで洋平から死を促される場面は、彼女の涙があまりにも痛々しくて、殺人鬼である美紗子に感情移入してしまいそうになったほどです。

松山ケンイチさん、松坂桃李さんもよかったし、木村多江さん、佐津川愛美さん、清野菜名さんら女優陣の演技も光っていました。

流血が多かった佐津川さんのシーンをちゃんと見られなかったことが、つくづく残念。

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