考察その2/複雑に組み合わされたテーマ
この作品は重層的な構造になっているため、テーマもひとつではありません。
テーマ①司法制度の矛盾
「弁護士の仕事をちゃんと描いてみたいと思っていたのでお話を聞いたところ、みんな口をそろえたように『法廷は真実を解明する場所ではない』と言うんですね。『そんなの誰にもわかりませんから』って。ああ、そうなんだ、面白いなと思ったんです。それなら、結局何が真実かわからないような法廷劇を撮ってみようと思いました」
上記の是枝監督のコメントからもわかるように、この作品では、システム化されて真実の追及がおざなりになってしまっている司法の現状が描かれています。
普段、わたしたち一般人が目にすることのない裁判の裏側がとてもリアルです。
裁判長の目配せひとつで、弁護士も検察官も言葉を呑みこみ、予定された通りに進んでいく。
何が真実か、誰が真実を語っているかなど、どうでもいいのです。
テーマ②誰を裁くかは誰が決めるのか?
劇中で、咲江が重盛に「誰を裁くかは誰が決めるんですか?」と問うシーンがあります。
これも大きな問題提起になっていたと思います。
三隅は「生まれてこないほうがよかった人間ってのが、世の中にはいるんです」と言います。重盛が「だからといって、殺して全て解決するわけじゃない」と言い返すと、「重森さんたちは、そうやって解決してるじゃないですか」と。
三隅と重盛は同化しているので、これは三隅のセリフでありながら、重盛のセリフでもあるんですね。
人は、人を裁けるのだろうか?
法廷は、誰を裁く場所なのだろうか?
それは、永遠に答えの出ない問いかもしれません。
テーマ③壊れかけの家族
是枝監督は、これまで多くの作品で「理想的な形から外れた家族の形」を描いてきました。
この作品でも、主要人物の3人(重盛、三隅、咲江)の家族関係は壊れかけています。
三隅は両親と妻を亡くし、足の悪い娘とも絶縁状態が続いている。
三隅は、自分を慕う咲江に、娘を重ねています。
重盛もまた、仕事を優先して娘と理想的な関係を築けなかったことを悔やんでいて、咲江に娘を重ねているように見えます。
そして14歳の時から父親に性的虐待を繰り返されてきた咲江は、三隅に優しい父親像を求めている。
この3人が器である三隅を介して繋がっていることは、重盛が車中で見た夢(雪遊びのシーン)でも明らかです。
第1回公判の少し前、重盛の娘が「何かあったら、また助けに来てくれる?」と聞き、重盛が「助けに行くよ」と約束するシーンがありました。
だからこそ、重盛は最終的に、咲江=娘を助けることを優先したのだと思います。
テーマ④真実は誰にもわからない
三隅の供述は二転三転し、最後まで何が真実かわからないままでした。
咲江は、足が不自由になった原因を「屋根から飛び降りてケガをした」と言い張ります。
しかし、咲江のことを調べた川島は、咲江の足は「生まれつき」で、咲江が周囲に嘘をついていると思っています。
三隅は「あの娘はよく嘘をつきますよ」と言い、咲江が嘘をついているのかどうかも、最後までわからないままです。
真実など、誰にもわかりません。
そもそも真実など存在しないのかもしれません。
だからこそ、人を信じることは難しい。
他人を理解したいと思うのは、信じたいから(安心したいから)。
だけど、重盛の父が「親子でもわからないのにさ、ましてや他人のことなんか」と言っていたように、人を完全に理解することなど不可能です。
理解したつもりで、真実を見つけたつもりで、相手を信じたり、信じなかったりするしかないんですよね。