Contents
あらすじと解説(ネタバレ有)
チューダー・コテイジ
一方、ボビイはモイラを助けるため、グレインジへの侵入を試みます。しかし見事に失敗し、何者かに襲われて意識を失ってしまいます。
そうとは知らないフランキーは、ボビイからの手紙を受け取り、彼の指示に従ってチッピング・サマートンにあるチューダー・コテイジへ向かいます。その家は、ジョン・サヴィッジが通ったという、あのテンプルトン夫妻の別荘でした。
しかし手紙は偽物で、フランキーをその家におびきよせるための罠でした。フランキーは拘束され、ボビイと一緒に屋根裏に監禁されます。
やがてニコルソン博士が現れ、2人を事故に見せかけて殺す予定だと告げて立ち去ります。ボビイは彼の耳の形に注目し、ニコルソン博士の声真似をしたロジャー・バッシントン-フレンチだと気づきます。
遺言書の証人たち
2人を助けたのは、ボビイの親友バジャーでした。バジャーは金策に行き詰まり、ボビイにお金を借りようとチッピング・サマートンにやってきて、偶然ロジャーの犯行を目撃したのでした。
バジャーはロジャーと同じオクスフォード大学出身で、大学時代にロジャーが父親のサインを真似て小切手を切り、詐欺行為を働いたことを覚えていました。
3人は協力してロジャーを捕まえますが、警察に引き渡す前に逃げられてしまいます。コテイジの1階では、失踪したモイラがモルヒネを打たれて意識を失っていました。翌朝、モイラは体調不良を訴え、ロンドンの病院へ行きます。
フランキーは、チューダー・コテイジに落ちていた写真から、テンプルトン氏がレオ・ケイマンであることを知ります。
サヴィッジの遺言書は偽造ではないかと疑うフランキーでしたが、遺言書を作成したエルフォード弁護士は、遺言書が偽造ではなく、確かにサヴィッジ本人の署名によるものだと断言します。
遺言書の作成に立ち会った証人は、2人いました。庭師のアルバート・ミーアと、料理人のローズ・チャドリイです。庭師は高齢で亡くなっていましたが、チャドリイ夫人は存命でした。
なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?
チャドリイ夫人は、確かにテンプルトン夫人に頼まれて遺言書にサインしたと言います。その場には、ジョン・サヴィッジ本人も同席していました。
コテイジにはもう一人、メイドのグラディスがいました。フランキーは、なぜわざわざ外から庭師を呼んできてサインさせたのか、家の中にはメイドがいたのに、なぜ彼女に頼まなかったのか、という疑問を口にします。
ボビイはメイドの名前がグラディス・エヴァンズだったことを聞き、フランキーが口にした疑問が、アラン・カーステアーズの最期の言葉「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」と同じであることに気づきます。
カーステアーズはサヴィッジの死と遺言書について調べるうちに、2人と同じ疑問にぶつかったのです。
グラディス・エヴァンズの行方
エヴァンズに署名を頼まなかったのは、彼女だけが本物のジョン・サヴィッジの顔を知っていたからではないかと、フランキーは推測します。
つまり、病院で診察を受け、医者の言葉を疑って遺言書を作成させたのは、本物のジョン・サヴィッジではなく偽者だった。サヴィッジになりすましたロジャー・バッシントン-フレンチだったのです。
庭師も、料理人も、そして弁護士までも、本物のサヴィッジの顔を知りませんでした。彼らはロジャーを本物のサヴィッジだと信じ、疑いもしなかったのです。
グラディス・エヴァンズを探し出そうとするボビイとフランキーでしたが、意外な事実が発覚します。彼女は故郷のウェールズに帰って結婚し、グラディス・ロバーツという名前になっていました。
グラディスは、ボビイの家で家政婦をしているロバーツ夫人だったのです!
テンプルトン夫人の正体
ボビイとフランキーは小型飛行機を手配し、急いでマーチボルトへ向かいます。
牧師館に着くと、玄関先にモイラが立っていました。モイラは慌てた様子で2人を近くのカフェに連れていき、ロジャーにつけられていると言います。
しかし、フランキーは自分たちが目を離したすきに、彼女がコーヒーカップにこっそり薬を入れるのを見逃しませんでした。
モイラの正体はローズ・エミリイ・テンプルトン。船の中でサヴィッジをたぶらかし、彼を自殺に見せかけて殺害し、偽の遺言書で彼の遺産を手に入れたテンプルトン夫人でした。
モイラは隠し持っていた銃を取り出して発砲しますが、ボビイに阻まれ、その場で逮捕されます。
ロジャーからの手紙(事件の全容)
数週間後、フランキーのもとに南米から一通の手紙が届きます。差出人はロジャーで、そこには事件の全容が記されていました。
モイラは根っからの悪党で、一味のギャングと麻薬の仕事をしていたといいいます。モイラの一味に加わったロジャーは、彼女と愛し合うようになり、結婚することに。
しかしその前に片付けなくてはならない計画があり、モイラは警察の目をくらますためにニコルソン博士と結婚。ニコルソン夫人となった後も、たびたびカナダへ渡っては一味と連絡を取り、裏稼業を続けていました。
船上でサヴィッジと出会ったとき、彼女はテンプルトン夫人と名乗っていました。サヴィッジが億万長者だと知っていた彼女は、チューダー・コテイジに彼を誘い込み、ロジャーと協力して莫大な遺産を手に入れたのです。
ロジャーのほうは、メロウェイ・コートを手に入れるため、兄のヘンリイとその息子トミイの殺害を計画していました。しかし、トミイの殺害は2度とも失敗。ヘンリイには、リュウマチの治療にモルヒネを勧め、彼を麻薬中毒にすることに成功します。
そんなとき、アラン・カーステアーズが現れ、サヴィッジの件を調べ始めました。
カーステアーズはグラディス・エヴァンズの居場所を突き止め、マーチボルトへ向かいます。焦ったロジャーは彼を殺そうと決め、後を追ってマーチボルトへ行き、崖から突き落としました。
その後、ボビイから遺体の番を任されたロジャーは、カーステアーズが持っていたモイラの写真をポケットから抜き取り、代わりにケイマン夫人(モイラの一味のひとり)の写真を入れたのでした。
ボビイを殺そうと言い張ったのはモイラでした。最初は仕事の誘いの手紙を送ってイギリスから追い払おうとするもうまくいかず、次にモイラがビールにモルヒネを仕込んで殺そうとしましたが、これも失敗。
ボビイがグレインジに現れたときは、モイラがとっさに芝居をうち、ニコルソンから命を狙われているという話をでっちあげたのでした。
ロジャーはヘンリイを書斎で撃ち殺したことも明かします。そのときちょうど飛行機が飛んでいたため、銃声がかき消されたのです。その後、ヘンリイに銃を握らせ、遺書を書いて自殺に見せかけ、外側から食堂の鍵で鍵をかけて密室を作り上げたのでした(食堂の鍵は書斎の鍵にも合うと知っていた)。
その4分後に煙突の中に仕掛けておいた爆竹が破裂し、銃声と思い込んだフランキーたちが現場に駆けつけることになったのです。
ニコルソン博士はたまたまステッキを取りに戻ってきて、居合わせただけ。彼は妻の正体にも気づいておらず、一連の事件とは無関係でした。
後日談
実はカーステアーズは、マーチボルトを訪ねる前に、「テンプルトン夫人の情報を提供してほしい」とロバーツ夫人宛てに手紙を送っていました。
ロバーツ夫人は手紙を読んでいましたが、崖から落ちた男がまさか手紙の差出人であるカーステアーズだとは、思いもしなかったのです。ただ、牧師館を訪ねてきたレオ・ケイマンが、かつての雇い主テンプルトン氏にそっくりであることには気づいていました。
ボビイは、ケニヤのコーヒー園のマネージャーになることが決まりました。そしてフランキーにプロポーズし、2人は結婚して一緒にケニヤに行くことを決めます。
ちなみにバジャーはというと、フランキーの父親のマーチントン卿がガレージを買い取り、彼をマネージャーとして雇うことになりました。
時系列
- ロジャーがモイラの一味に加わり、モイラと結婚することを決める
- 警察の目をくらますため、モイラがニコルソンと結婚してグレインジを購入させる
- モイラがテンプルトン夫人を名乗って旅行中、船でサヴィッジと出会い、彼をチューダー・コテイジに誘う
- ロジャーがサヴィッジになりすまして遺言書を作らせ、モイラ(テンプルトン夫人)が庭師と料理人に署名させる
- モイラとロジャーがサヴィッジを殺害し、遺書を用意して自殺に見せかける
- ロジャーがヘンリイとトミイの殺害を計画。ヘンリイにモルヒネを勧める
- カーステアーズがサヴィッジの死と遺言書に疑問を抱き、詮索し始める
- カーステアーズがリヴィントン夫妻とともにメロウェイ・コートを訪れ、モイラの写真を見てテンプルトン夫人だと気づく
- カーステアーズがグラディス・エヴァンズの居場所を突き止め、マーチボルトへ向かう
- ロジャーがカーステアーズを追いかけ、マーチボルトの崖から突き落として殺害する
- ボビイが崖下に転落しているカーステアーズを発見。ロジャーが遺体のポケットに入っていたモイラの写真を抜き取り、ケイマン夫人の写真を入れる
- ケイマン夫人が遺体を確認し、兄のアレックス・プリチャードだと嘘の証言をする
- ケイマン夫妻が牧師館を訪ね、ボビイと会う
- ボビイが命を狙われ、フランキーとともに調査に乗り出す
感想(ネタバレ有)
ダイイング・メッセージが導く真相
物語の核にあるのは、死に際に発せられたひとつのセリフ「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」。
この問いかけが何を意味するのか。
それを解き明かす過程が、巧妙な伏線と錯覚を織り交ぜながら進んでいきます。クリスティは“言葉の意味”に対する読者の先入観を見事に利用し、最後にはその前提を覆す鮮やかな着地を見せてくれます。
フランキーという“新しい女性”像
もうひとつ注目したいのは、フランキーの造形。彼女は単なる「ヒロイン」ではなく、自ら計画を立て、演技し、動く存在です。
この時代、イギリスでは“New Woman(新しい女性)”と呼ばれる、自立した女性像が文学や社会で語られ始めていました。フランキーはその象徴のような存在であり、従来の“おとなしくて慎ましい令嬢”像とは一線を画しています。
犯人は逃げおおせる?クリスティらしからぬ結末
実はこの作品、クリスティ作品としては珍しく犯人が逃亡に成功する展開を見せます。善と悪がきっちり裁かれる世界観ではなく、やや現実的でビターな余韻が残るラスト。
けれども、それもまた人生のままならなさや、真実の重みを感じさせ、甘さだけではない読後感を与えてくれるのです。
2人の冒険が勇気をくれる
「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」は、推理小説でありながら、ボビイとフランキーの成長譚でもあります。複雑な謎を追うというよりは、ひとつの言葉が人の運命を変えていく——そんなドラマが、この物語にはあります。
小さな違和感が呼び起こす行動力、“真実にたどり着きたい”という感情、そして、友情とユーモアが交差する世界。それは現代の私たちにも、小さな勇気をくれるかもしれません。
関連記事