映画「新聞記者」のあらすじ解説と感想です。
2019年に公開されて瞬く間に話題になり、日本アカデミー賞をはじめ国内における数々の賞を受賞した作品。
現在の日本で進行中の問題を描く大胆で衝撃的な内容とともに、サスペンスに仕立て上げたフィクションとしての面白さを堪能できるエンターテインメント作品でした。
望月衣塑子さんの原案『新聞記者』との違いも含めて解説したいと思います。
Contents
作品概要
- 製作国:日本
- 上映時間:113分
- 公開日:2019年6月28日
- 原案:望月衣塑子『新聞記者』
- 脚本:詩森ろば/高石明彦/藤井道人
- 監督:藤井道人
- 音楽:岩代太郎
- 主題歌:OAU「Where have you gone」
予告動画
原作について
この作品の原案は、望月衣塑子さんのノンフィクション『新聞記者』です。
現役の記者である望月衣塑子さんが、自身の生い立ちや、演劇に明け暮れた青春時代、苦労した就職活動、記者としてどのようなネタを追ってきたかなどを、明るい筆致で書き綴った自伝的なノンフィクション作品です。
映画でも取り上げられている森友学園、加計学園に関する取材、元記者からの準強姦の被害を訴えた伊藤詩織さんへの取材についても書かれています。
映画はあくまでこの作品を原案としたフィクションで、ストーリーはオリジナル。シム・ウンギョンさん演じる主人公の吉岡は、記者としての望月さんがモデルになっていますが、生い立ちなどは全く異なります。
登場人物(キャスト)
吉岡エリカ(シム・ウンギョン)
東都新聞社会部の記者。日本人の父と韓国人の母のもと、アメリカで育った。同じく新聞記者だった父親が誤報を出し、自殺したという過去を持つ。東都新聞に送られてきた大学新設計画に関する匿名FAXについて調べ始める。
杉原拓海(松坂桃李)
内閣情報調査室に勤務する官僚。外務省から出向し、非情な上司・多田のもとで現政権に不都合なニュースの情報操作を行っている。外交官時代の元上司・神崎の死に衝撃を受け、真相を知りたいと考えるようになる。
神崎俊尚(高橋和也)
内閣府に勤務する杉原の元上司。面倒見がよく誠実な人柄。5年前、上からの指示で行った文書改ざんの責任を一人で背負わされた過去を持つ。杉原と再会した数日後にビルの屋上から投身自殺を図り、のちに大学新設計画に関わっていたことが判明する。
多田智也(田中哲司)
内閣参事官。杉原の上司。「国を安定させる」という名分のもと、現政権の意向に沿った情報捜査を指示している。一般人に対しても容赦のない非情な男。
陣野和正(北村有起哉)
東都新聞のデスク。吉岡の上司。大学新設計画に関する匿名FAXを吉岡に託す。
都築亮一(高橋努)
内閣府の官僚。神崎の後任として大学新設計画に関わる。神崎が更迭されたことや内調が追っていたことをうっかり杉原に漏らしてしまう。
倉持大輔(岡山天音)
東都新聞の記者。大学新設計画を追う同僚の吉岡をバックアップする。
杉原奈津美(本田翼)
杉原の妻。妊娠中。残業が多く不在がちな夫に寛容で、純粋に応援している。夫の仕事の内容は知らされていない。
神崎伸子(西田尚美)
神崎の妻。高校生の娘がいる。夫が何か抱え込んでいることに気づきながら、何も出来なかったことに心を痛める。
望月衣塑子(本人)
東京新聞記者。本作の原案『新聞記者』の著者。劇中のテレビで流れる座談会「官邸権力と報道メディアの現在」に出演している。
前川喜平(本人)
元文部科学官僚。劇中のテレビで流れる座談会「官邸権力と報道メディアの現在」に出演している。
マーティン・ファクラー(本人)
ジャーナリスト。元ニューヨーク・タイムズ東京支局長。劇中のテレビで流れる座談会「官邸権力と報道メディアの現在」に出演している。
南彰(本人)
朝日新聞記者。前新聞労連中央執行委員長。劇中のテレビで流れる座談会「官邸権力と報道メディアの現在」で司会を担当している。
あらすじ
東都新聞記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、新聞社に匿名で送られてきた羊の絵が添付された「新設大学院大学設置計画書」の真相を究明すべく、送り主を調べ始める。
そのころ、外務省からの出向で内閣情報調査室に勤務していた杉原(松坂桃李)は、SNSの情報操作を行い、現政権に不都合なニュースをコントロールする任務に就いていた。
上司の多田(田中哲司)は、総理御用達で有名なライター辻川を訴えた後藤さゆり(東加奈子)を失墜させるべく、ハニートラップを裏付ける人物相関図を作るよう、杉原に指示する。
民間人を陥れることに葛藤を覚えつつ、「国のため」という名分のもと、多田の指示に従う杉原。そんなとき、敬愛する元上司・神崎(高橋和也)と再会。数日後、神崎はビルの屋上から身を投げて自殺する。
自分が所属する内閣情報調査室が神崎をマークしていたことを知った杉原は、上司の多田を問い詰めるが、はぐらかされたうえに暗に脅迫される。
杉原は神崎の通夜で、遺族をかばおうとする吉岡と出会う。その間に妊娠中の妻・奈津美(本田翼)が破水して病院に運ばれ、帝王切開で出産する。奈津美の着信に気づいていながらも無視したことで、自分を責める杉原。
吉岡は匿名FAXの送り主が神崎ではないかと推測し、そのことを杉原に告げて真相究明のために協力してほしいと訴える。かつて新聞記者だった吉岡の父は、誤報を出したことで責任を負わされ自殺していた。
吉岡のことで多田に呼び出された杉原は、吉岡の父の自殺に多田が関与していたことを知る。吉岡が勤務する東都新聞にも圧力がかかり、取材をやめるよう言い渡される。
諦めきれない吉岡は神崎の自宅を訪ね、妻の伸子(西田尚美)から神崎が描いた羊の絵を見せられる。さらに、神崎の書斎の机の中から、東都新聞に送ったFAXの元原稿と、『DUGWAY SHEEP INCIDENT(ダグウェイ羊事件)』というタイトルの本が見つかる。
ダグウェイはアメリカ陸軍が生物兵器の実験を行う秘密施設がある場所で、1968年に起きた羊の大量死事件との関連が指摘されていた。吉岡と杉原は、新設される大学が“生物兵器の製造”を目的としたもので、神崎はその事実に耐えられず命を絶ったのではないかと推測する。
吉岡は記事にするためには確かな証拠が必要だと杉原を説得。杉原は神崎の後任である都築(高橋努)の事務室に忍び込み、書類を写し取ることに成功する。
内閣情報調査室から「記事を出せば誤報になる」という圧力をかけられるも、杉原の「そのときは僕の実名を出してください」という言葉で吉岡と陣野(北村有起哉)は記事の掲載に踏み切る。
しかし記事が出たその日、杉原は神崎から送られた手紙を受け取り、罪を被った神崎の悲痛な心の内を知る。杉原は多田から、すべて忘れることを条件に外務省に戻れるよう口利きしてやる、と持ちかけられる。
吉岡のもとには、「あなたのお父さん、誤報じゃなかったんですよ」という電話が入る。電話の主は多田だった。吉岡は続報で杉原の実名を出すことを決めるが、吉岡の前に現れた杉原は、憔悴しきった表情である言葉をつぶやく。
解説と感想(ネタバレ有)
映画を見たきっかけは海外ドラマ
映画が公開されたときに話題になっていたこともあって、見たいと思っていた作品です。ただ日本アカデミー賞を受賞したことで少し気が削がれてしまい、その後も先送りにしていました。
見ようと思ったきっかけは、つい先日WOWOWで放送された海外ドラマ「ザ・コミー・ルール 元FBI長官の告白」でした。
アメリカではこんなにも赤裸々に現政権を批判したドラマを放送できるのか(それも選挙の前に)…と驚愕したのと同時に、なぜ日本はこんなに窮屈なんだろうという疑問が生じました。
そこでいろいろ調べたりしているうちに、原案となった望月衣塑子さんの『新聞記者』を知り、原案を読んだのだから映画も、という流れになったのです。
日本独特の閉鎖空間「記者クラブ」
国境なき記者団が年1回発表している「世界報道自由度ランキング」で、日本が66位(2020年)という低いランクにあることは、知っていました。
ちなみに1位はノルウェー。上位5位は北欧です。韓国は42位、アメリカは45位、ロシアは149位、中国は177位。最下位は北朝鮮。
日本の場合は、大手・有力マスコミを中心とする「記者クラブ」という独特の制度が排他的であるとして、以前から問題視されています。記者クラブの権力におもねる体質、メディア同士の談合、記者会見の空洞化、男性優位の環境なども指摘されています。
この「記者クラブ」と官邸の癒着については、WOWOWの連続ドラマ「トップリーグ」で描かれています。こちらも「新聞記者」同様にゾッとする内容のドラマでした。
主人公の孤独と陰
前置きが長くなりましたが、映画「新聞記者」はそういった日本の報道メディアが抱えている問題を背景に、孤高の新聞記者・吉岡エリカが権力に立ち向かう姿を通して、現政権の問題点を浮かび上がらせるという大胆不敵なストーリーになっていました。
主人公の吉岡を演じたのは、韓国出身の女優シム・ウンギョンさん。国内でこの役を引き受けてくれる女優が見つからなかった、とも言われています。
彼女の持つ雰囲気は個人的には好きなのだけど、今回の“敏腕記者”という役に限っては、若干違和感がありました。
というのも、わたしは原案と合わせてドキュメンタリー映画「i-新聞記者ドキュメント-」を先に見ていたので、よく通る声でマシンガンのようにまくしたてるパワフルな望月さん本人と比べると、彼女がおとなしすぎるように見えたのです。
日本語がネイティブではないので、訥訥とした口調になってしまうのは仕方がないんですけどね。もし望月さん本人を知らなければ、彼女の孤独と陰の表現がそのまま素直に(フィルターがかからずに)胸に響いたかもしれない。
最後に伝えたかったのは…
圧倒的だったのは、内閣情報調査室で働く官僚・杉原を演じた松坂桃李さんの存在感。最近は出演する作品がどれも素晴らしくて、評価がうなぎのぼりです。
今回も「内閣情報調査室」という不気味で得体のしれない場所で日々任務をこなす一官僚を見事に演じていました。終盤の心の揺れの表現が凄まじかった。
田中哲司さん演じる上司の多田は、政権維持のためには手段を選ばない非情な男。たびたび杉原の家族に触れて、暗に圧力をかけます。
一時は自分と家族を犠牲にしてでも信念を貫こうとした杉原でしたが、自殺した神崎の遺書を読んで激しく動揺します。神崎や吉岡の父の死は、いずれ自分の身に起こる未来だと、恐ろしくなったのでしょう。人間なら当然ですよね。
ラストシーンで見せた、抜け殻のような表情が忘れられません。最後に口にしたセリフは「ごめん」だと思われますが、彼のその言葉が吉岡を奮い立たせたのではないか…とわたしは思っています。
杉原が権力に屈して去ったとしても、吉岡はこれからも戦い続けるのだろうと。
バッドエンディングのようにも思えるけど、わずかながら希望は示されています。政権の言いなりだった大手新聞社が後追い記事(他紙が書いたニュースの真偽を確認し、正しいとわかれば速やかに記事を掲載する)を書いていると、デスクの陣野が言っていました。
メディアは互いをつぶし合うのではなく、スクラムを組んで一丸となり、権力に立ち向かう。まずはそこからなんだと、映画は伝えているようでした。
映画の記事