Contents
感想と解説(原作との違い)
これまで見てきたBBCのサラ・フェルプス版とは異なり、ストーリーも登場人物も原作に忠実な、明るく元気なミステリー作品でした。
事件の真相につながる手がかりなど、細かい部分でドラマ向けの改変はありますが、大筋には影響がなく、また変更することによってドラマとして面白く、わかりやすくなっていました。その点は評価できると思います。
私は先にドラマを見てから原作を読んだのですが、ドラマを見終わった後もいくつか謎が残り、原作を読むことでそれらを消化できた、という点は否めません。
以下、ドラマと原作の違いに触れつつ、補足説明していきたいと思います。
被害者が持っていた物
ボビイがトーマス医師とのゴルフの最中に、崖下に落ちている男を発見するくだりは原作どおりです。
ただ、原作ではトーマス医師も一緒に崖下に下り、男を診察して「手遅れだ、もう長くない」という診断を下しています(その後、応援を呼ぶため現場を離れました)。トーマス医師が義足という設定は、原作にはありません。
ドラマでは、ボビイは死んだ男のポケットを探り、以下の物を見つけています。
- 女性の写真
- 魚の飾りがついた鍵
- 懐中時計
- 赤いインクの万年筆
原作に登場するのは、①「女性の写真」のみです。ほかの持ち物は、すべてドラマのオリジナルです。
ボビイの親友ノッカー
ノッカー・ビードンは、原作では「バジャー・ビードン」という名前で登場します。原作のほうは少し頼りない人物として描かれ、登場回数もそれほど多くありません。
ドラマでは、ノッカーが中古車店を開くためのガレージを借りていましたが、原作では、伯母の遺産のガレージを彼が引き継いだという設定になっています。
また、ボビイはキャディの仕事やカーニバルの遊具係など、雑用係として忙しく働いていましたが、原作のボビイは無職でした。
山高帽をかぶった謎の男
死因審問に出席したボビイは、そこで山高帽の怪しい男を目撃します。この男はドラマのオリジナルキャラクターで、原作には登場しません。
ちなみに、ドラマの公式では「Mr. Angel」というネーミングになっていました。
この「Mr. Angel」は「殺し屋」のような役回りで、その後も頻繁に登場。なんとも不気味な雰囲気を醸し出し、作品を引き締めていました。
とくに後半、二度に渡って「Mr. Angel」とノッカーが直接対決する場面は、作品全体を通して最も緊迫した場面だったと思います。
ケイマン夫妻との面会
牧師館を訪ねてきたケイマン夫妻は、ボビイから兄の最期の言葉を聞き出そうとします。ボビイは最初「いいえ、何も」と答えるのですが、2度めに聞かれたときに“なぜエヴァンズに頼まなかった?”と言ったことを話します。
このシーン、私はちょっとわからなかったんです。なぜ、ボビイは最初、「いいえ」と言ったのか。ケイマン夫妻を警戒し、何も聞いていないふりをしようとしたのか。それなら、なぜその後、話すことにしたのか。
実は、原作では、このときボビイは最期の言葉を聞いたことを忘れてしまっていたんです。ケイマン夫妻が帰ったあとで思い出し、あわてて手紙を書いて知らせたんです。
ドラマでは手紙を出すくだりを省いて同じシーンにまとめたから、違和感が生じたんですね。
カーニバルでの出来事
カーニバルで仕事中、ボビイはモルヒネ入りのビールを飲み、フランキーの目の前で卒倒してしまいます。
原作にはカーニバルのシーンはなく、ボビイはひとりでピクニックへ行き、眠っている間に誰かがビールにモルヒネを入れ、それを飲んでしまうという流れ。
ボビイを見舞いに病院に来たのはフランキーだけで、原作にトーマス医師とのやりとりはありませんし、その後、トーマス医師の遺体が自宅で発見されるシーンもありません(トーマス医師は死因審問以降、登場しません)。
ただ、ドラマとしてはこの改変で一気に緊張感が増し、ミステリー要素が濃くなって、非常に面白くなったと思います。
クリスチャン・サイエンス
ロジャー・バッシントン・フレンチを探るため、フランキーはわざと事故を起こして彼の家「メロウェイ・コート」に潜入します。
このとき手伝ったのが、フランキーの友人で医者のジョージ・アーバスノット。彼はフランキーを担ぎ込んだ時、とっさに彼女がクリスチャン・サイエンスの信者だと嘘を付き、シルヴィアが医者にみせようとするのを阻止します。ここは原作どおりです。
クリスチャン・サイエンスは、アメリカ女性メアリー・ベイカー・エディが19世紀に創設したキリスト教の一派。祈りと精神力によって悪と病は追放できるという信仰で、信者は医師の治療を認めないそうです。
アングラーズ・アームズで起きたこと
ボビイはメロウェイ・コートの近くの宿「アングラーズ・アームズ」に泊まり、フランキーを見守ることに。
そこで宿の主人から魚の飾りのついた部屋の鍵を渡され、崖から落ちた男がアングラーズ・アームズに宿泊していた南アフリカ人、アラン・カーステアーズだと知ります。
このあたりはドラマのオリジナルなのですが、かなり唐突な感じがしました。
原作では、崖から落ちた男=アラン・カーステアーズと確信するまでに、いくつもの伏線と推理の積み重ねがありました。ドラマではそれらを全部とっぱらって、いきなりカーステアーズの名前が出てくるので、見ている方は戸惑います。
原作では、ボビイが殺されかけたときに、フランキーとボビイが以下のような推理をしています。
- ボビイを殺そうとした犯人は、転落事故に関わっている
- 被害者が持っていた女性の写真は、ロジャーがすり替えた
- 写真をすり替えた理由は、遺体の身元をごまかすため
- ケイマン夫妻もグルで、アメリヤは被害者の妹になりすましている
- 崖から転落した男はアレックス・プリチャードではなく、彼らに殺された誰か
そしてメロウェイ・コートに潜入したフランキーは、新聞記事を見たシルヴィアが「(被害者は)カーステアーズさんにそっくり」と言うのを聞いて、確信します。
さらに、ドラマでは、ボビイがアングラーズ・アームズでケイマン夫妻と遭遇していますが、このシーンも原作にはありません。
ドラマにおけるケイマン夫妻の存在感は、原作のそれをはるかに超えています。ミスリードを狙ったのでしょう。私もすっかり騙され、てっきり重要人物だと思い込んでいました。
原作では、ケイマン夫妻は牧師館でボビイと会った後は登場せず、パディントンの家を引き払って姿を消しています。
ニコルソン博士の電気けいれん療法
メロウェイ・コートの当主ヘンリイは、モルヒネ依存症でした。妻のシルヴィアと弟のロジャーは、彼をニコルソン博士の病院「グレインジ」に入院させようとします。
ドラマでは、ニコルソン博士が「電気けいれん療法」を用いて治療すると説明されていましたが、これは原作にはありません。
取り乱したヘンリイが、「中毒患者から麻薬を断つのは精神的拷問だ。先生は患者をいじめ、地獄の責苦を与えるのだ」と非難する場面があるだけです。
なので、ボビイが捕まったときに電気ショックを加えられそうになる場面も、原作ではただ拘束されているだけです。
サヴィッジとカーステアーズの関係
ボビイは運転手になりすましてメロウェイ・コートへ行き、ヘンリイの息子トミイが赤いインクの万年筆を使っていることに気づきます。
万年筆はジョン・サヴィッジのもので、彼は春にメロウェイ・コートを訪ねていました。
さらに、アングラーズ・アームズにカーステアーズとサヴィッジが並んで写っている写真が飾られており、ボビイは2人が知り合いだったことに気づきます。
これらのシーンは、原作にはありません。
ドラマでは、ジョン・サヴィッジの名前はまずトーマス医師から雑談として語られていましたが、原作ではそのような伏線はなく、シルヴィアからカーステアーズの友人として語られています。
カーステアーズの荷物
フランキーは陸海軍クラブが引き取ったカーステアーズの荷物を取りに行き、その荷物の中からサヴィッジの手紙を見つけます。そこには、ローズ・テンプルトンという女性の名前が書かれていました。
このシーンも原作にはありません。原作では、フランキーが父親の顧問弁護士を訪ね、彼からサヴィッジとテンプルトン夫人、そしてカーステアーズの話を聞くという流れ。
サヴィッジが自殺した経緯や、カーステアーズが彼の遺言書の内容に異議を唱えたことなどが、弁護士の口から詳しく語られます。
ミル・ハウスでの出来事
ドラマでは、「チッピング・サマートンのミル・ハウス(原作ではチューダー・コテイジ)」がいきなり登場します。そしてなぜか、ボビイとフランキーはこの家がテンプルトン夫妻の家だと知っていました。
原作では、その前にフランキーがサヴィッジの遺言書を調べ、テンプルトン夫妻がチッピング・サマートンのチューダー・コテイジに住んでいたことを確認する場面がありました。
ミル・ハウスに監禁されたボビイとフランキーは、フランキーの後を追ってきたノッカーによって救出されます。
このときノッカーは「Mr. Angel」を殺してしまいますが、原作には「Mr. Angel」が登場しないため、3人で協力してロジャーを捕まえています(その後すぐ逃げられる)。
また原作では、ローズの夫エドガー・テンプルトンが、レオ・ケイマンだったことが明かされています。
ロジャーの告白:サヴィッジの遺産
マーチボルトに戻ったボビイとフランキーは、モイラと再会。彼女がテンプルトン夫人だと知ります。そして牧師館にいたロジャーを捕まえました。
原作では、ロジャーは捕まっていません。彼が牧師館でロバーツ夫人を襲う場面や、逮捕されて留置場で2人と面会する場面も、原作にはありません。
原作では、ロジャーは海外に逃亡し、逮捕を免れています。そして事件の全容を知らせる手紙を、南米の地からフランキーに送っています。
ドラマでは、モイラがサヴィッジをたぶらかして自殺に誘導し、ロジャーがサヴィッジになりすまして遺言書に署名したことになっていましたが、原作では微妙に違います。まず、サヴィッジは自殺していません。
モイラは船で出会ったサヴィッジをたぶらかし、別荘に誘いました。しかし、サヴィッジは抜け目のない実業家で、女性に巨額の財産を遺したり、病気に対してことさら恐怖を抱くような人物ではありませんでした(のちにカーステアーズが疑問を抱いたのもその部分)。
がんの診察を受けたのは、サヴィッジではなく彼になりすましたロジャーです。ロジャーは「医師の言葉を信じず、自分はがんだと思い込んでいる」サヴィッジを演じ、病院から帰宅すると、サヴィッジと面識のない弁護士を呼んで遺言書を作成させました。
その間、本物のサヴィッジは眠り薬を飲まされ、屋根裏部屋に放り込まれていたのだろう、とフランキーは推測しています。
そして遺言書の作成が終わると、サヴィッジは多量のクロラールを服まされて殺されました。翌朝、彼の遺体を発見したのは、遺言書の作成に立ち会っていなかったグラディス・エヴァンズでした。
ロジャーの告白:カーステアーズの殺害
ドラマでは、カーステアーズを崖から突き落としたのは「Mr. Angel」だとロジャーが明かしていましたが、原作ではロジャーです。
まず、モイラの設定が少し違います。彼女はギャングの一味を率いる悪党で、ロジャーは彼女の一味に加わり、モイラと恋仲になりました。ケイマン夫妻として登場した2人も、モイラの一味です。
モイラは警察に追われていたため、身を隠す目的でニコルソン博士と結婚しました。ロジャーはヘンリイとトミイを殺してメロウェイ・コートを手に入れ、家名を挽回させようと企んでいました。
ドラマでは、ヘンリイが自らモルヒネに手を出して財産をつぎ込んでいたようですが、原作では、ヘンリイにモルヒネを勧めたのはロジャーでした。当初の計画では、ヘンリイをグレインジに入院させ、自殺か過剰摂取で死なせるつもりだったようです。
ところがカーステアーズが現れてサヴィッジの件を調べ始め、グラディス・エヴァンズの居場所を突き止めてしまった。もしエヴァンズがモイラの写真を見て「テンプルトン夫人」だと認めたら、厄介なことになる。そこでロジャーはカーステアーズを追ってマーチボルトへ行き、彼を殺害したのです。
ドラマでは、ボビイにモルヒネ入りのビールを飲ませたのは「Mr. Angel」と思われますが、原作ではモイラでした。
ロジャーの告白:ヘンリイの殺害
ヘンリイを自殺に見せかけて殺したのはロジャーでした。殺害方法は原作どおりですが、密室のトリックについて、ドラマでは詳しく言及されませんでした。
原作で語られたトリックは、こうです。
- ロジャーは書斎にいたヘンリイを銃で撃って殺害。このとき飛行機の爆音が銃声をかき消したため、庭にいたフランキーとシルヴィアは気づかなかった
- 銃の指紋を拭いてヘンリイの手に握らせ、遺書を書き、ヘンリイのポケットに書斎の鍵を入れて部屋を出る
- 部屋の外から、食堂の鍵を使って鍵をかける(ロジャーは食堂の鍵が書斎にも使えることを知っていた)
- 煙突に仕掛けておいた爆竹が4分後に破裂し、銃声と勘違いしたフランキーたちが書斎へ向かう
ニコルソン博士がその場に居合わせたのは、忘れたステッキを取りに来たためで、偶然です。彼はモイラの正体も、ロジャーとの関係も、何も知りませんでした。
物語の終わり
ラストシーンは、ボビイとフランキーの結婚式でした。原作では、ボビイが牧師館でフランキーにプロポーズして婚約するところまで。
ボビイはケニヤのコーヒー園のマネージャーになり、フランキーも一緒にケニヤに行くことに同意します。
中古車店はというと、原作ではフランキーの父親が買い取り、ビードンをマネージャーとして雇うことで解決しています。
関連記事