アガサ・クリスティの「ねじれた家」を読みました。
「アクロイド殺し」「予告殺人」「ABC殺人事件」「蒼ざめた馬」に続いて5冊目。今回もノンシリーズで、ポアロもミス・マープルも登場しません。
探偵役の主人公は舞台となる〝ねじれた家〟に乗り込むものの、ほとんど活躍せず、装飾的な事件も起こらず、物語の大半は愛憎渦巻く家族の人間模様を見せられるばかり。
ドロドロした人間関係が好きな人には楽しめる内容ですが、個人的にはやや物足りなく(退屈はしないけど)、最後の謎解き部分もあっけなく感じました。
2017年に公開された映画はほぼ原作どおり。原作を読んでから見るとイメージどおりで面白かったです。
映画はこちら↓
ネタバレ解説*映画「ねじれた家」原作との違いと物足りない理由Contents
登場人物
主要人物
チャールズ・ヘイワード
外交官。本作の語り手。婚約者のソフィアから祖父の事件が解決しないと結婚できないと言われ、捜査に介入する。父親はロンドン警視庁の副総監。
ソフィア・レオニデス
チャールズの婚約者。容姿端麗かつ聡明でさっぱりしたユーモアの持ち主。エジプトの外務省出先機関に勤めていた時にチャールズと出会った。家族の中に祖父を殺した犯人がいると疑っている。
アーサー・ヘイワード
チャールズの父。ロンドン警視庁副総監。チャールズに助言を与えつつ捜査を見守る。
タヴァナー
ロンドン警視庁の主任警部。レオニデス家の捜査にあたる。
レオニデス家と関係者
アリスタイド・レオニデス
ソフィアの祖父。トルコ生まれのギリシャ人。24歳の時にロンドンに来てレストラン経営を成功させ、大富豪となった。87歳で亡くなるが、のちに毒殺と判明する。
マーシャ・レオニデス
亡くなったソフィアの祖母。アリスタイドの先妻。想像力に欠け、残忍なところがあった。
ブレンダ・レオニデス
アリスタイドの後妻。10年前、24歳のときに結婚した。財産めあてだと家族全員から罵られ、嫌われている。家庭教師のローレンス・ブラウンと共謀して夫を殺した疑いをかけられる。
エディス・デ・ハヴィランド
アリスタイドの先妻マーシャの姉。マーシャの死後「ねじれた家」で妹の子供や孫たちを育ててきた。アリスタイドを嫌っている。
ロジャー・レオニデス
アリスタイドの長男。戦争で空襲を受け、1937年からレオニデス家に夫婦で住んでいる。興奮しやすいたちで、常に冷静な妻を心から尊敬している。父アリスタイドから事業を受け継ぐも、ビジネスの才能がなく破産寸前に追い込まれる。
クレメンシイ・レオニデス
ロジャーの妻。科学者。常に冷静沈着に振る舞う。物欲がなく、物を持たないことを美徳としている。頼りない夫を息子のごとく溺愛している。
フィリップ・レオニデス
アリスタイドの次男。ソフィア、ユースティス、ジョセフィンの父親。心の底では父の寵愛を受けた兄に激しい嫉妬心を抱いているが、感情を表に出さず、本の世界に現実逃避している。
マグダ・レオニデス
フィリップの妻。ソフィア、ユースティス、ジョセフィンの母親で、舞台女優。義父の金を舞台製作に注ぎ込んでいるエゴイスト。娘のジョセフィンをスイスの学校に入れようと考えている。
ユースティス・レオニデス
フィリップの長男。16歳。軽症のポリオ後遺症を患っている。利発だが気難しい性格で、人を見下しているところがある。
ジョセフィン・レオニデス
フィリップの次女。12歳。探偵小説のファン。自身も探偵を気取って家の中を嗅ぎ回り、家族が抱えるさまざまな秘密を握っている。
ローレンス・ブラウン
ユースティス、ジョセフィンの家庭教師。神経質で臆病な性格。徴兵を嫌がり、代わりに重労働を選んだ。アリスタイドの後妻ブレンダとの密通を疑われ、殺人容疑をかけられる。
ジャネット・ロウ
使用人兼乳母。家族から“ばあや”と呼ばれて親しまれている。
ゲイツキル
弁護士。アリスタイドの依頼を受けて遺言書の草案を作成していたが、のちに第2の遺言書が発見される。
家系図
ねじれた男がおりました
There was a crooked man, and he walked a crooked mile.
ねじれた男がいて、ねじれた道を歩いていった
He found a crooked sixpence against a crooked stile.
ねじれた垣根で、ねじれた6ペンスを見つけた
He bought a crooked cat, which caught a crooked mouse.
ねじれたネズミを捕まえる、ねじれた猫を買った
And they all lived together in a little crooked house.
そしてみんな一緒に、小さなねじれた家に住んでいた
※マザーグース「There was a crooked man」より
あらすじと解説(ネタバレ有)
『ねじれた家』は1949年に発表されたノンシリーズの長編小説です。
原題の“”Crooked House”は、作品中に引用されているマザー・グースの童謡 “There was a crooked man”(ねじれた男がおりました)の最終節の歌詞“in a little crooked house”から。
作者自身が選ぶベスト10にも入っている、アガサお気に入りの作品です。
タイトルは、舞台となる屋敷の外観がねじれて見える(はすかいになった梁や11の切妻のため)奇矯な家であることと、その家に住む大家族の〝心のねじれ〟をあらわしています。
レオニデス家の一族
大富豪が毒殺され、一族が集う屋敷で捜査が行われるという王道の展開。日本でいうなら横溝正史の「犬神家の一族」を彷彿とさせます(横溝正史のほうが本作に影響を受けた可能性も)。
ただし犬神家と違って、終盤にいたるまで衝撃的な事件や事故はなにも起こりません。家族の〝ねじれた〟人間模様が淡々と、かつ緊張感をもって綴られます。
その日常(とおぼしき)描写の中に、うま~く犯人を隠してるんですよね。この作品の最大のポイントは、犯人の意外性といってもいいんじゃないでしょうか。
チャールズとソフィアの出会い
第二次世界大戦の終わり近く、外交官のチャールズはエジプトで魅力的な女性ソフィアと出会います。彼女は自分のことを何も話そうとしませんでしたが、チャールズは結婚を決意。
イギリスに帰っても気持ちが変わらなければ結婚しようと約束し、ソフィアと別れます。
2年後、任地から帰国したチャールズは、新聞の死亡欄でソフィアの祖父で大富豪のアリスタイド・レオニデスが死亡したことを知ります。
再会したソフィアは「祖父の死の真相が明らかになるまで結婚できない」と言い、チャールズはロンドン警視庁の副総監である父に頼み、担当警部のタヴァナーに同行する形で、捜査に介入。
アリスタイド・レオニデスが殺害された現場であり、ソフィアが大家族とともに住んでいる〝ねじれた家〟に足を踏み入れることになります。
殺害方法は被害者が教えていた
レオニデスの死因は毒殺。糖尿病の治療のために使っていたインシュリンの瓶の中に、エゼリン(目薬)が入っていたのです。注射したのは若い後妻のブレンダでした。
彼女は家庭教師のローレンスと密通しているという噂があり、警察はブレンダとローレンスに嫌疑をかけていました。
しかし、実はレオニデス自身が生前、みんなの前で「もし間違えてインシュリンの代わりに目薬を注射したら、私は真っ青になって死んでしまうだろうよ」と語っていたことがわかります。
つまり、その場にいた家族全員が、目薬が毒薬になることを知っていたのです。
莫大な遺産はソフィアのものに
亡くなったアリスタイド・レオニデスは、家族の前で遺言書を読み上げ、署名するところを見せていました。
遺言書の内容は、義姉のエディスに5万ポンド、妻ブレンダに10万ポンド+屋敷、遺産の残りは3等分して息子のロジャーとフィリップに3分の1ずつ、孫のソフィーとユースティンとジョセフィンが残りの3分の1を分けるというものでした。
ところが金庫に保管されていた遺言書には署名がなく、無効であることが判明します。
正式な遺言書はレオニデス自身が作成し、弁護士ではなく、ギリシャの旧友に委任されていました。そこには、妻に10万ポンド遺贈し、残りの遺産はすべて孫娘のソフィアに遺すと書かれていました。
その理由を事細かに書いた弁護士宛の手紙も同封されていました。息子のロジャーは事業のセンスに欠けること、フィリップは自信がなさすぎること、孫のユースティスは若すぎて判断力と分別に欠けること。
孫娘のソフィアだけが自分の要求する素質を確実に備えていると見て、一家の繁栄をゆだねたのです。
本物の遺言書が出てきたことで、家族は騒然となります。そして莫大な遺産を手にしたソフィアが、犯人候補のトップに躍り出ることに。
狙われた少女探偵
ソフィアの妹で12歳のジョセフィンは、探偵に憧れる大人びた少女。屋敷の中で交わされる大人たちの会話を盗み聞きしては黒いノートに書き付け、彼らの秘密を握っていることをチャールズに自慢します。
ジョセフィンからの情報で、チャールズは以下のことを知ります。
- ロジャー、クレメンシイ夫妻は、家を出て外国へ行こうとしている
- レオニデスが毒殺された日、ロジャーは彼と話し込み、「信頼を裏切ってしまった」と言っていた
- ブレンダとローレンスはラブレターのやりとりをしている
チャールズの父アーサーは、秘密を知りすぎているジョセフィンを心配し、「あの子から目を離さないように」とチャールズに忠告していましたが…。
何者かが洗濯小屋のドアに仕掛けた大理石が落下し、ジョセフィンは頭に大怪我をします。洗濯小屋がジョセフィンの遊び場になっていたことから、口封じを狙ったと思われました。
やがてブレンダが書いたローレンセス宛のラブレターが見つかり、警察は動かぬ証拠と見てブレンダとローレンスを逮捕します。
真犯人と事件の真相
しかし、その後も犯行はやまず、使用人のジャネットが毒入りのココアを飲んで死んでしまいます。ココアはジョセフィンが飲むはずのものでした。
危機感を抱いたチャールズはジョセフィンを問い詰め、犯人を聞き出そうとします。すると、エディスはなぜかジョセフィンを連れ出し、2人は夜遅くなっても帰ってきません。
やがてチャールズとソフィアのもとに、石切場で車が発見されたと連絡が入ります。乗っていたエディスとジョセフィンは死んでいました。
エディスはタヴァナー警部とチャールズに、それぞれ手紙を書き残していました。警部宛の手紙には、自分が義弟アリスタイド・レオニデスを殺害したこと、寿命が残りわずかだということ、ブレンダとローレンスが無実であることが書かれていました。
そしてチャールズ宛の封筒には、ジョセフィンの黒いノートと、事件の真相が綴られた手紙が入っていました。
レオニデスを殺した本当の犯人は、ジョセフィンでした。黒いノートには、「今日、おじいさまを殺した」と書かれていました。理由は、バレエを許してもらえなかったから。
使用人のジャネットを殺したのは、彼女がマグダに進言してジョセフィンをスイスの学校に入れようとしたから。同じ理由で、母親のことも殺そうと考えていました。
レオニデスが生前、頑なにジョセフィンを学校に行かせようとしなかったのは、〝何をしでかすかわからない〟ことを見抜いていたから。
マグダがジョセフィンをスイスの学校に入れようと急いでいたのは、漠然とした母親の本能で〝恐怖〟を感じていたから。
ジョセフィンは祖母の血統にある傲慢な残酷さと、母親マグダの残忍なエゴイズム、祖父レオニデスの頭脳と狡猾さを受け継いでいました。そして感受性が強い彼女は、大人たち(特に母親)から〝醜い子〟と見られていることに傷ついていたのです。
チャールズはソフィアに結婚を申込み、父アーサーだけに真犯人を伝えます。
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