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伏線の解説(ネタバレ有)
①タイトル「パラサイト」
貧乏な家族が裕福な家族につぎつぎと侵入していく様子が、あたかも「寄生虫が宿主の体内に侵入していく」ように描かれている本作。
原題の「기생충」は“寄生虫”という意味なので、貧乏なキム一家を指しているようにも思えます。しかしポン・ジュノ監督は、「お金持ちの家族も寄生している」と言います。
裕福なパク一家は、車の運転も、家事全般も、子供の面倒も、貧しい者の労働力に頼る人たちです。それもある意味「寄生している」と。
「寄生」ではなく「共生」していくにはどうすればいいのか、なぜ共生することが難しいのか。それを考えてもらいたかった、と語っています。
②半地下の家
キム家が暮らす半地下の家は、半分だけ地下に潜ったような家。地上に面した半分の窓からは、部分的にしか光が射し込みません。
これはキム家が“光と闇の中間地点”に位置していて、上にのぼる可能性と下に落ちる危険性を同時に抱える、不安定な家族であることを伝えています。
ギウは階段と坂道をのぼって、高台にあるパク家の豪邸に辿り着きます。光あふれる場所までのぼったはずなのに、豪邸には地下シェルターがあり、半地下よりもさらに深い場所まで降りていく長い階段がありました。
再び階段を下りることになったキム家は、一切の光が遮断された闇の世界へと落ちていくことになります。
③境界線
画面を注意して見ていると、富裕層(パク家)と貧困層(使用人)の間には必ず境界線が引かれています。
たとえば前半、ギウが初めてパク家の豪邸を訪れるシーン。ギウが窓から庭を見下ろすと、窓ガラスの線を挟んで右側にはヨンジョが、左には家政婦のムングァンが立っています。
ほかにも家の中の柱や壁、扉など、何らかの形で“線”が引かれ、同じ空間にいながらも、富裕層と貧困層の間に目に見えない“ライン”が存在することを伝えています。
④虫
キム一家が住む半地下住宅には、便所コオロギ(カマドウマ)が現れます。一家の主ギテクはタダで消毒しようと、道路の消毒をしているときに家の窓を開けっぱなしにします。
狭い家の中にたちこめる消毒薬にむせかえる家族。しかしギテクだけは平然とピザの箱を組み立てる内職を続けていました。
さらに中盤、パク一家の留守中にリビングで堂々と飲み食いするギテクを見て、妻のチュンスクが「ここで急にパク社長が帰ってきたら、ゴキブリみたいにサササーッと隠れるんだろう」と、ギテクを虫に例えて笑う場面がありました。
のちにギテクは家族を置いて逃げ出し、地下室に身を潜めながら、台所の食べ物を盗み食いして生き延びることになるのですが、その姿を予言するセリフでもありました。
⑤アルコール
貧乏なキム家が食卓で手にするお酒は、国産の安いビールでした。やがて家族全員がパク家に就職して充分な収入を得るようになると、お酒は値段の高いサッポロプレミアムビールに変わります。
その後パク家に不法侵入し、一家4人で高級ウイスキーを好きなだけ飲み干しています。
手にするお酒の種類によってキム家の生活レベルの変化を表すとともに、お酒のグレードが階級の象徴にもなっています。
⑥山水景石
財運と学業運をもたらすとして、ギウの友人ミニョクが持ってきた山水景石。その後もたびたび登場する意味深で不気味なアイテムです。
ギウにとってミニョクは憧れの存在であり、こうなりたいと望む理想像でした。ミニョクが留学していなくなると、ギウは代わりに石を大切にするようになり、やがて石はギウを動かす原動力、つまり“渇望”になります。
何もかもがうまくいっていた前半はよかったのですが、予期せぬ出来事でギウの計画に狂いが生じ始めると、石は次第に“重荷”になっていきます。
最も恐ろしかったのは、半地下の家が豪雨によって水没したとき、この石が暗い水の中からすぅーっと浮かび上がってくるシーン。石は中身が空洞の“偽物”だったのです。
家の中から石だけを持ち出したギウは、避難所で父ギテクに「なんで石を抱えてる?」と聞かれ、「僕にへばりつくんです」と答えていました。偽物だとわかっていても捨てられないのは、強烈な“未練”があるからですね。
ギウは偽物の石にすがりついた結果、地下室の階段で抱えていた石を落としてグンセに見つかり、石で頭を殴られて半死半生の目に遭うのです(助かったのは石が偽物だったから)。
石の意味がめまぐるしく変化するのは、社会が流動的で不確定であることを表しているのでしょう。最後にギウが半地下の家に戻り、石を捨てるシーンも象徴的でした(詳しくは⑳結末の項目で書きます)。
⑦食べ物がよかった
ミニョクが石を持ち込んだとき、チュンスクは「食べ物のほうがよかった」と言っていました。
終盤、チュンスクが地下室に閉じ込めた夫婦を哀れんで、ギジョンに食べ物を運ばせようとする場面があります。
しかし邪魔が入って運べなくなり、ギウが石を持って地下室へ向かうことになります。その結果、最悪の悲劇が起こってしまう。まさに「食べ物のほうがよかった」となりますね。
⑧豪邸
パク家の豪邸は高台にあり、豊かな緑と高い壁に囲まれた独立性の高い住宅です。外観からは中の様子が一切見えないようになっています。
これは家の主であるドンイクの「見たくないものは見ない」「他人に興味がない」「一線を越えられたくない」という心を暗示しています。
⑨インディアン
パク家の末っ子ダソンはインディアンにハマっていて、仮装をして家の中を走り回ったり、おもちゃの矢を放ったり、テントで寝起きしたりしています。
もともとアメリカ大陸に住んでいたインディアンは、ヨーロッパから来た白人たちに土地を奪われた歴史があり、“侵略される者”の象徴になっています。
ダソンの母ヨンギョはアメリカ好きですが、インディアンの歴史には無関心で、あくまで子供の遊び道具という認識しかありません。
ここで考えさせられるのが、はたしてインディアンは誰なのか、ということです。
キム家に寄生されるパク家でしょうか? 高台から流れてきた水で沈んだキム家でしょうか? 誰よりも長くこの家に住んでいる地下室の夫婦でしょうか?
家(ホーム)を奪われたのは、いったい誰なのでしょう?
⑩ダソンの自画像
パク家の末っ子ダソンが描いた絵を、自画像だと言ってギウに見せる母ヨンギョ。しかし、実はこの絵は自画像ではありません。地下に住んでいるグンセの絵です。
しかも、地下から上がってくることを示すような上向きの矢印や、晴れた空、テントが背景に描き込まれていて、まるで未来の出来事を予言しているようにも見えます。
ギジョンが訪ねた日に見ていたもう一枚の絵には、頭から血を流してナイフを手にした男が芝生の上に立つ様子が描かれています。
ダソンは家族の中で真っ先にギテクとチュンスクの“匂い”が同じことに気づいたり、地下室の男が送ったモールス信号に気づいたりと、非常に感度が高い少年。
家族に迫る危険を唯一察知できる存在でしたが、幼すぎたためにうまくいきませんでした。
⑪階段
劇中に何度も登場する階段は、貧富の格差を視覚的に表現しています。
パク家の豪邸はいくつもの長い階段をのぼった先の高台にあり、キム一家は“階段を上る”ことで豊かになっていきます。一方、金持ちのパク一家が“階段を下りる”ことは決してありません。
豪邸には前の住人が作った地下シェルターがあり、そこにはキム家よりも貧しいグンセが隠れ住んでいましたが、パク一家は地下室の存在に気づきもしません。彼らは階段を下りることもなければ、下を覗き込むこともしないからです。
キム一家の弱みを握ったグンセ夫婦は階段をのぼって地上に出ようとし、キム一家はそれを阻もうと夫婦を階段から突き落として地下室に閉じ込めようとします。
相手を蹴落としても上にのぼろうと藻掻くこのシーンは、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を見ているようでした。
階段というのは、進む方向が決まっていません。本人次第で、上ることも下りることもできるもの。階段をのぼったはずのギテクが、ラストでは自らの決断で階段を降り、地下の闇に身を置くのです。
⑫センサー灯
パク家の主であるドンイクの登場シーン。階段を上ってくる彼の頭上にはセンサー灯があり、彼の動きに合わせてひとつずつ点灯していました。
しかし、実はこのライトは自動ではなく、地下室にいるグンセが手動で点けていたことが中盤以降で明らかになります。グンセは一方的にドンイクを崇拝しており、その忠誠心を“明るく照らす”という行為で伝えているのです。
その後、グンセはキム一家によって地下に閉じ込められます。グンセは助けを呼ぶためライトを点滅させてモールス信号を送りますが、パク家の人々は地下からのSOSに気づきません。
そもそもライトが手動で点いていることにすら気づけない人たちですからね…。
唯一信号に気づいた末っ子ダソンは解読を試みるものの(ボーイスカウトでモールス信号を習っていた)、あくまで遊びの延長。それが何を意味するかは理解できません。
これは、彼らが地下(貧困層)に目を向けていない、興味がないことを伝えています。
一方、ギテクが地下から送ったモールス信号は、息子のギウに届いています。階層が異なる相手には届かないSOSも、同じ階層の人間には届くのです。
⑬台湾カステラ
ギテクは過去に、台湾カステラやチキンの店を出して失敗したことを劇中で明かしています。地下室に住むグンセもまた、台湾カステラに手を出して失敗しています。
台湾カステラは、2016年の秋に韓国で大ブームを巻き起こしたお菓子。写真を見たら通常のカステラより大きくてフワフワで、見た目だけでもおいしそう。
このブームに飛びついた起業家たちが次々とカステラ店をオープンさせ、韓国全土で台湾カステラの店が乱立する騒ぎに。日本のタピオカブームを軽く越えていたらしい。
ところがその後、ブームは一瞬で終わってしまいます。韓国のあるテレビ番組が台湾カステラをの製造実態を暴き、「食用油と化学添加物などが多く使われている」と告発したのです。
放送終了後、カステラ店の前にできていた行列は消え、売り上げは激減。多くの自営業者が閉店を余儀なくされました。
ギテクから見れば、借金取りから逃げて地下に隠れているグンセは、自分よりも酷い境遇に身を置く“最下層”の人間のはず。
けれど、台湾カステラの失敗話を聞いて、彼と自分はそう変わらない、似た者同士だということに気づいたのではないでしょうか。
一歩間違えればギテクもグンセになり得るということを暗示し、結末の伏線にもなっているシーンです。
⑭一線を越える
パク家の主ドンイクは、一見だれにでも敬意を払うフラットな人物のように見えます。
しかしそれは、立場上そう見せているだけ。心の中では明確に線引きしています。③で説明した境界線がまさにそれ。
ギテクが運転手として雇われたとき、「テスト走行じゃないから気楽に」と言いつつ、手にしたコーヒーの揺れを厳しくチェックしていたり。
「僕は度を越す人は大嫌いだ」と言い、仕事ができて節度のある家政婦を重宝していたり。
ギテクは「奥さんを愛していますよね?」と2度尋ねていますが、ドンイクは2度とも表情を硬くして即答を避けています。
ギテクは愛妻家ですから、自分との共通点を確認したかっただけかもしれませんが、ドンイクにとっては“一線を越える”発言だったのでしょう。
ドンイクにとってギテクはあくまで使用人。友達でもなければ同僚でもなく、住む領域が違う下層の人間です。
そのギテクに無造作にプライベートに踏み込まれ、まるで「私も同じですよ」と言わんばかりの発言に、思わず不快感を示したのです。
身分をわきまえ、一線を越えないこと。それが彼の望む人間関係でした。
⑮家政婦の欠点
パク家に雇われていた家政婦ムングァンは、ギウたちの策略によって結核の疑いをかけられ、辞めさせられてしまいます。
彼女を気に入っていたドンイクは「いい家政婦だったのに」と残念がり、彼女の短所は「毎日2人分食べること」だけだと笑いながら話していました。
でもこれ、笑いごとじゃないんですよね。
このセリフは後半の衝撃展開の伏線になっていて、ムングァンがひそかに地下室にかくまっている夫グンセの食事を含む「2人分」だったことが、のちに判明するのです。
⑯匂い
キム一家は偽造文書と偽名を使ってパク夫妻を騙し、家庭教師、運転手、家政婦として雇われることに成功。まんまと上流家庭にパラサイトします。
それぞれパク夫妻の要求に応えて気に入られているところを見ると、彼らも相当高いスキルを持っていたことがわかります。
しかし、ひとつだけ騙せないものがありました。それが“匂い”です。
パク家の末っ子ダソンは、運転手と家政婦の“匂い”が同じだと気づきます。ドンイクは車に乗っているとギテクの“匂い”が度を越してくると言い、「古い切り干し大根の匂い」「煮洗いした布巾の匂い」「地下鉄の中の匂い」と表現します。
もちろんキム家の誰にも自覚はありません。ギテクは「匂う」と言われるたびに自分の匂いを嗅ぐのですが、自分ではわかりません。それは“半地下の匂い”であり、“貧乏人の匂い”だからです。
ドンイクの発言をテーブルの下で隠れて聞いていたギテクは、これ以降、笑顔が消えます。
あれほどしつこく「度を越す人は大嫌いだ」と言っていたドンイクが、相手を侮辱する“一線を越えた”発言をしてしまい、ギテクの怒りと自分の身に降りかかる悲劇を誘発することになるのです。
⑰コンドーム
地下で暮らすグンセは、「ここが楽なんだ」とギテクに語ります。そのとき、寝床の傍らに置かれた大量のコンドームの袋がアップで映し出されます。
その夜、キャンプを中止して戻ってきたパク夫妻は、ギテクとギウとギジョンがテーブルの下に隠れているとも知らず、すぐそばのソファーの上で盛り上がり、互いの体をまさぐり合います。
階層が違っても、人間の根源的な営みは同じであることを知らされる場面です。
⑱大洪水
中盤、家の前で放尿する酔っ払いをギウが追い払い、動画を撮っていたギジョンが「大洪水だ」と言うシーンがあります。
これも後半に訪れる大洪水のシーンを予言するセリフになっています。
ポン・ジュノ監督の作品において、雨は“不吉”を知らせるモチーフ。本作では、3家族(キム家、パク家、地下室の夫婦)の幸せを奪う“暴力”の象徴として描かれます。
そしてその影響力は、富裕層と貧困層とでは大きく違ってきます。
豪雨の中、高台のパク家を飛び出したギテク、ギウ、ギジョンの3人が、ずぶ濡れになりながら長い階段をひたすら降りていくシーンは圧巻でした。
雨水はものすごい勢いで下へ下へと流れていきます。そこには高台から流れてきたゴミや汚物も含まれているでしょう。下に降りていくにつれ、周囲は酷い状況になっていきます。
水没した家から持ち出せたのは、ミニョクにもらった山水景石と、チュンスクのメダル、ギジョンのタバコだけ。「これからの計画は?」と聞くギウに、ギテクは「無計画だ」と答えます。
計画しても失敗するだけ。ならば最初から計画しなければいい。そうすれば間違うことも失敗することもない、と。ギテクの深い絶望感を感じ取ったギウは、「すみません」と謝ります。
キム家や低層の人々にとっては大変な一夜でしたが、高台に住むパク家にはなんの影響もなく(庭のテントですら無害)、暢気にガーデンパーティーの準備を始めます。
⑲リスペクト
キム家の策略を知った元家政婦ムングァンは、動画を撮ってパク夫妻に送ると脅します。
「北朝鮮のミサイルみたいだ」という夫グンセの言葉に、彼女は北朝鮮のニュースを再現する得意のものまねを披露します。もともと豪邸の地下シェルターは、北朝鮮のミサイル対策用に作られたものです。
地下室で暮らすグンセは「ここで生まれた気がする」と言い、陽の当たらない地下生活に満足している様子でした。さらに彼は一方的に豪邸の主ドンイクを崇拝しています。
貧しい地下での生活を強いられているにもかかわらず、金持ちのドンイクをリスペクトし、洗脳されたように忠誠を誓うグンセの姿は、北朝鮮の独裁体制を彷彿とさせます。
⑳ギウの計画(結末)
大洪水の翌朝、グソンの誕生日パーティーに招待されたギウとギジョン。ギテクは買い物を手伝わされ、徐々にパク夫妻に対する怒りを溜め込んでいきます。
ギウを殴って地上に出たグンセは、ケーキを運んでいたギジョンを刺し、妻ムングァンを殺したチュンスクに襲いかかります。
ハンマー投げで鍛えたチュンスクは、グンセを刺殺。パク夫妻や友人たちは刺されたギジョンやグンセには目もくれず、気絶した息子グソンを病院へ運ぼうと大騒ぎ。
そしてグンセの匂いに思わず鼻をつまんだドンイクを見たギテクは、ついに溜め込んだ怒りを爆発させ、衝動的にドンイクの胸を刺して殺してしまいます。
ギテクは家族をその場に残して逃げますが、向かった先は豪邸の地下室でした。裁判で執行猶予付きの判決が下り、母チュンスクとともに半地下の家に戻ったギウは、父ギテクが地下室で生き延びていることを豪邸のセンサー灯の点滅で知ります。
ギテクは地下室から(かつてグンセがやったように)モールス信号でメッセージを送っていたのです。
ギウはギテクを救うために“計画”を立てたこと、金を稼いで豪邸を買うまで待っていてほしいことを語ります。
しかし、このメッセージをギテクが受け取ることは不可能です。地下室にいる人間は(グンセもそうでしたが)、発信するだけで受信することはできないのです。
現実的に考えて、ギウが豪邸を買う日は来ないでしょう。そのことはギウ自身も、ギテク本人もわかっているはずです。その証拠に、ギウは渇望の象徴だった山水景石を捨てています。
そう考えると、父ギテクを想うように見えるこの“計画”は、残酷な決別宣言とも受け取ることができます。
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