映画「人魚の眠る家」あらすじと感想|ラストシーンと“人魚”が意味するもの

映画「人魚の眠る家」あらすじネタバレ感想

「人魚の眠る家」

「映画」記事一覧

どうも、夏蜜柑です。
映画「人魚の眠る家」のあらすじと感想です。

脳死を宣告された娘を前に、究極の選択を迫られた両親の苦悩を描いたヒューマンミステリー。「人の死とは何か」を扱った非常に重い作品です。

娘の死を受け入れられず狂気に陥る母親役に篠原涼子さん、意識のない娘の体を動かすために自分の会社の最新技術を利用する父親役に西島秀俊さんがキャスティングされています。

原作は、東野圭吾さんの同名小説。

原作は未読です。
なので、今回の感想はあくまで映画に関するものです。

作品概要

  • 製作国:日本
  • 上映時間:120分
  • 公開日:2018年11月16日
  • 監督:堤幸彦(「TRICK」「視覚探偵 日暮旅人」「十二人の死にたい子どもたち」)
  • 脚本:篠崎絵里子(「グッドワイフ」「坂の途中の家」)
  • 原作:東野圭吾『人魚の眠る家』
  • 音楽:アレクシス・フレンチ
  • 主題歌:絢香「あいことば」

予告動画


登場人物(キャスト)

播磨薫子(篠原涼子)
二児の母。夫・和昌とは別居中。長女・瑞穂の事故をきっかけに和昌との離婚を思いとどまり、瑞穂の介護のため夫婦で協力し合うようになる。

播磨和昌(西島秀俊)
薫子の夫。瑞穂と生人の父親。IT系機器メーカー「ハリマテクス」の社長で、家庭を顧みない仕事人間。社員の星野がBMI技術の研究をしていることを知り、瑞穂のために力を貸してほしいと頼む。

播磨瑞穂(稲垣来泉)
和昌と薫子の長女。プールで事故に遭い、医師から脳死の可能性を言い渡される。薫子に介護され、眠ったまま生き続ける。

播磨生人(斎藤汰鷹)
和昌と薫子の長男で、瑞穂の2歳下の弟。明るい性格だったが、小学校に入学して以降、瑞穂のことで悩むようになる。

千鶴子(松坂慶子)
薫子と美晴の母親。孫の瑞穂をプールに連れて行き事故に遭わせてしまったことから、誰よりも責任を感じている。瑞穂の介護にも積極的に協力する。

美晴(山口紗弥加)
薫子の二歳下の妹。瑞穂の介護を続ける姉に理解を示すが、内心では瑞穂は死んでいると思っている。

若葉(荒川梨杏)
美晴の娘。瑞穂とは同い年。瑞穂が事故に遭った日、一緒にプールで遊んでいた。何度も瑞穂を見舞いに来る。

星野祐也(坂口健太郎)
「ハリマテクス」の社員。障害者をサポートする最先端のBMI技術を研究している。和昌に声を掛けられ、BMI技術を使って瑞穂の体を動かせるようにする。

川嶋真緒(川栄李奈)
星野の恋人。動物病院で助手として働いている。星野とは結婚を約束する仲だったが、星野が播磨家に通い始めてから疎遠になり、星野の心が自分から離れていくことに不安を覚える。

播磨多津朗(田中泯)
和昌の父。「ハリマテクス」の創業者。和昌がBMI技術を使って瑞穂の体を動かしていることに苦言を呈する。

進藤(田中哲司)
脳神経外科の医者で瑞穂の主治医。薫子と和昌に臓器提供についての説明をする。

門脇(大倉孝二)
和昌の大学時代のサークル仲間。江藤の娘がアメリカで心臓移植を受けるための募金活動に協力している。

江藤(駿河太郎)
門脇が支援している雪乃の父親。長期脳死の子を持つ親に理解を示す。

宗吾(荒木飛羽)
播磨家にボールを取りに来た少年。後に心臓移植手術を受ける。

あらすじ

宗吾(荒木飛羽)は友達数人と遊びながら帰宅する途中、誤って播磨家の庭にボールを投げ入れてしまう。人魚のデザインがあしらわれた鉄の門を押し開けて中に入ると、咲き乱れる薔薇に囲まれて眠っている少女がいた。

2人の子供と暮らす播磨薫子(篠原涼子)は、娘の小学校受験が終わったら別居中の夫・和昌(西島秀俊)と離婚することになっていた。ある日、薫子は子供たちを母・千鶴子(松坂慶子)に預けて外出し、外出先で6歳の娘・瑞穂がプールの排水溝の網に指を突っ込んで抜けなくなり、溺れて病院に運ばれたという知らせを受ける。

瑞穂は意識不明の状態で、回復の見込みがないと診断される。医師の進藤(田中哲司)から臓器提供の意志について問われた薫子と和昌は、移植を前提にした場合のみ脳死判定が行われることを知って戸惑う。

一度は臓器提供を決断した薫子だったが、瑞穂の指がかすかに動いたのを見て「この子は生きてます」と主張し、臓器提供を拒否。和昌の勧めで横隔膜ペースメーカーの手術を受け、自発呼吸が可能になった瑞穂を自宅に連れて帰る薫子。和昌との離婚も取りやめ、瑞穂の事故に責任を感じる母・千鶴子と共に「長期脳死患者」となった瑞穂の在宅介護に力を注ぐ。

IT系機器メーカー「ハリマテクス」の社長である和昌は、磁気刺激で筋肉を動かすBMI技術を研究している社員の星野祐也(坂口健太郎)に相談し、瑞穂を動かせるようにしてほしいと頼む。運動することで瑞穂の体を健康に保つことが目的だった。

~ここから先はネタバレを含む内容になっています。ご注意ください~

最初は不安を抱いていた薫子も、実際に瑞穂の体が動くのを見て感動し、星野に信頼を寄せるようになる。薫子と和昌の期待を感じ取った星野は、瑞穂のトレーニングと研究のために休日まで仕事に没頭するようになり、恋人・真緒(川栄李奈)とも疎遠になる。

真緒は星野を尾行して播磨家に通っていることを突き止め、薫子に会う。薫子から星野の仕事について聞かされた真緒は、薫子の操作によって動き出す瑞穂を見てショックを受ける。真緒は和昌と会って「その先には何があるんですか?」と問い、星野を返してほしいと訴える。

和昌は役員会議でも星野の扱いについて「会社を私物化している」と咎められ、実父で「ハリマテクス」の創業者でもある多津朗(田中泯)から「人間の技術が関わることの許される範囲がある。おまえはその領域を超えている」と忠告される。

和昌は、薫子が瑞穂の顔面神経を操作して笑わせるのを見て、不安を覚える。和昌は星野に本来の業務に戻るよう命じるが、星野は「彼女たちに必要なのは私です」と断言する。

息子の生人(斎藤汰鷹)が小学校に入学し、薫子は瑞穂を連れて入学式に出席する。薫子が瑞穂を連れて外出することが多くなり、心配した母・千鶴子は和昌に相談する。

ある日、和昌は街頭で募金活動をしている大学時代の友人・門脇(大倉孝二)と出会う。門脇は知人の娘・江藤雪乃がアメリカで心臓移植を受けるための募金活動に協力していた。雪乃の父・江藤(駿河太郎)はドナーを待つ身だったが、「脳死を受け入れられずに看病をする気持ちはわかる」と長期脳死の子を持つ親に理解を示す。

和昌が雪乃のために100万円の募金をしたことを知った薫子は、「臓器提供しない罪悪感を紛らわせようとしたんじゃないの」と問い詰める。和昌のもとに雪乃が亡くなったという知らせが入り、2人は言葉を失う。

播磨家で生人の誕生日会が開かれるが、学校で「瑞穂はもう死んだ」と嘘をついた生人は友達を呼んでいなかった。怒った薫子は生人の頬を打つ。生人は瑞穂のせいで学校でいじめられそうになっていたことを打ち明ける。

和昌は「医学的には瑞穂はもう死んでるんだ」と言い、薫子を説得しようとする。追い詰められた薫子は警察に110番通報して瑞穂の前で包丁をかざし、「私がこの子を刺して心臓を止めたら、私は罪に問われますか?」と尋ねる。既に死んでいるのに、それでも殺人罪になるのかと。

「生きてるのか死んでるのか、法律に決めてもらう」と言う薫子。瑞穂を殺そうとする薫子を止めたのは、美晴(山口紗弥加)の娘・若葉(荒川梨杏)だった。若葉は、瑞穂が溺れたのは自分が落とした指輪を拾おうとしたせいだと打ち明ける。

薫子と和昌は、瑞穂と生人を連れて散歩に出かける。薫子は公園の中で見覚えのある場所を見つける。それは瑞穂が事故に遭った日、プールに行く前に「ここ、連れてってあげる。すごくきれいなんだよ」と話していた場所だった。

ある雨の夜、薫子は瑞穂が目を覚ます夢を見る。目覚めた瑞穂は薫子を見て「お母さん、今までありがとう」と告げる。瑞穂は体調が悪化して病院に運ばれるが、薫子と和昌は延命措置を行わないことを決め、臓器提供することを決断する。

自宅で瑞穂の葬儀が営まれる。薫子は瑞穂の心臓が止まった日ではなく、夢で別れを告げにきた日を命日とする。和昌は「死を実感したのは心臓が止まったとき」だと語るが、医師の進藤は「それなら彼女はまだ生きています。この世界のどこかで」と告げる。

ある家族が家に帰ってくる。退院したばかりの少年・宗吾は「行きたいところがある」と言い、家を飛び出していく。宗吾は心臓移植の手術を受けて家に戻ってきたばかりだった。彼が向かった先は何もない空き地で、住宅街の中でそこだけポツンと建物がなくなっていた。

感想(ネタバレ有)

臓器提供を希望しない場合の「死」とは?

実はわたしは東野圭吾さんの作品があんまり得意ではなくて、作品はほとんど読んだことがありません(ごめんなさい)。個人的にはドラマや映画のほうが受け入れやすくて好きです。

この映画が扱っているテーマも深刻に扱えばとてつもなく重く暗い作品になっただろうと思いますが、あくまでエンターテインメント性を重視した作品になっています。それでも重いですけどね。

脳死に関しては、わたしは何の勉強もしていません。
この映画を見て「臓器提供をする場合のみ脳死判定が行われる」ということを初めて知りました。衝撃でした。

じゃあ、臓器提供を希望しない場合は?
どうやって「死」を受け入れればいいの?

本作の薫子・和昌夫婦も、おそらくそんな気持ちだっただろうと想像します。
ちなみに「脳死」と「植物状態」は異なります。

脳死
すべての脳の機能を完全に失い、回復することがない状態。人工呼吸器を着けないと心停止する。いわゆる「植物状態」は自発呼吸ができ、脳死とは異なる。脳死状態を経て死亡診断される人は、全体の約1%といわれる。1997年10月に施行された臓器移植法で、移植を前提に脳死判定を行えるようになった。(出典:朝日新聞掲載「キーワード」)

「生」を選択できる条件

薫子と和昌は瑞穂が目覚めることを信じ、在宅介護をすることに決めます。

薫子は経済的な理由から和昌との離婚を思いとどまり、仕事をやめて、瑞穂につきっきりの生活を送るようになります。

自発呼吸ができない瑞穂に横隔膜ペースメーカーの手術を受けさせたり、自宅の一室に医療機器をセッティングして介護者を雇ったり、はっきり言って富裕層でなければ不可能なことばかり。

豪邸に住み、経済的に余裕があり、家族も協力的。
彼らは「生を選択できる条件」をすべて備えていました。

もし、和昌が会社社長じゃなかったら?
もし、薫子がシングルマザーだったら?
もし、周囲が2人の選択を受け入れなかったら?

瑞穂はどの時点で「死」を選ばされていたんだろう。

本作が描きたいものはその先にあるので、こういったことはスルーして見るべきなのでしょう。でもわたしにはどうしても気になってしまい、考えずにはいられませんでした。

鮮やかな色彩が意味するもの

重いテーマとは裏腹に、映像に映り込む色彩はとても鮮やかです。

色とりどりの薔薇が咲く美しい庭、ブルーとイエローの壁紙、部屋にあふれる原色のオモチャ。まるで絵本の中の世界のように幻想的です。

しかし物語が進むにつれ、その美しい色彩が次第に狂気を帯びて、恐ろしい印象を与えるように変化していきます。

中盤以降、星野や薫子が操作することによって、意識のない瑞穂が手足を動かしたり笑ったりする場面は、ホラーそのものでした。薫子が取り憑かれていく狂気を表すように、赤い夕日や青い闇が画面を満たします。

登場人物たちの感情はとてもリアルに描かれているのに、映像は絵本のように幻想的。
そこに、わたしは違和感を覚えました。

上にも書きましたが、この夫婦は恵まれすぎています。
現実はこんなにうまくいかないし、美しくもないと思います。

ラストシーンに播磨家が登場しない(家そのものがない)ことからも、この物語の寓話性を意図的に表現したのかもしれません。

無駄ではない「瑞穂が生きていた」時間

薫子は「誰がなんと言おうと瑞穂は生きている」という思いを貫きました。

わたしには狂気に至る母親の気持ちを理解することはできませんが、大切な人の手が温かく、心臓が動いていたとき、自分で「心臓を止める」決断ができるかどうかまったくわかりません。自信がないです。

薫子が瑞穂の死を受け入れることができたのは、夢の中に瑞穂が現れて別れを告げたから。薫子と和昌は、ついに瑞穂の臓器提供を決断します。

一見無駄な時間のようにも思えるこの数年間は、決して無駄ではなかったと思います。

瑞穂が生きていたことで、薫子と和昌は再び家族を取り戻しました。
和昌に至っては、今回の出来事ではじめて父親になれたんじゃないだろうか。

たったひとりで罪悪感に苦しんでいた若葉も、瑞穂が死なないでいてくれたことで救われたと思います。

タイトル「人魚」の意味

オープニングのタイトルバックに映った播磨家の屋根は、人魚のうろこをイメージさせるものでした。タイトル「人魚の眠る家」は播磨家を、「人魚」は瑞穂を指していると思われます。

なぜ瑞穂が「人魚」に例えられるのか考えてみました。
少し深読みしすぎかもしれませんが……。

ひとつは、存在が曖昧なこと。

「人魚」は上半身が人間、下半身が魚の形をした想像上の動物です。
魚でも人間でもない人魚は、「生」と「死」が曖昧な瑞穂と重なります。

2つめは、人間の世界で生きられないこと。

「人魚」は人間の世界(陸の世界)では生きられません。アンデルセンの童話「人魚姫」では、魔女の力を借りて人間の姿を手に入れますが、代わりに声を失います。

人工的な処置を施して健康な体を保ちながらも、声を発することのない瑞穂と重なります。

3つめは、人魚の肉を食べると長生きするという伝説。

日本には「八百比丘尼伝説」と呼ばれる話があり、福井県小浜市に人魚の肉を食べた女性が800歳まで生きたという言い伝えがあります。

臓器移植によって瑞穂の心臓を得た宗吾は、寿命が延びたと言えるでしょう。

ラストシーンの意味

ラストシーンは、オープニングに登場した宗吾が再び登場します。

彼は播磨家の庭に入り込んで瑞穂と出会った後、おそらく心臓の病を発症し、移植手術を受けたのでしょう。退院して帰宅した宗吾は、まっ先にある場所へ向かいます。

何もない空き地の前で、宗吾の心臓が鼓動を刻んでいました。
瑞穂の心臓は、宗吾の一部となって生き続けています。

エンディングで空高くのぼっていったカメラの視点は、瑞穂の魂の視点なのかもしれない。

オープニングでは人魚の家(播磨家)の上空で留まり、どこへも行けなかった瑞穂の魂が、家から解放されて天へと高く高くのぼっていく……そんなふうにも見えました。

人魚が眠る家は、もうありません。

薫子と和昌は離婚したのかもしれないし、別の場所で新しい生活を送っているのかもしれません。

いずれにせよ、彼らにとって前向きな決断だったと想像します。願いをこめて。

「映画」記事一覧