海外ドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」第17話「マスグレーブ家の儀式書」のあらすじと感想です。
ホームズの回想という原作の設定を変えて、現在進行形で描かれたエピソード。マスグレーブ家の先祖が残した古文書を解き明かし、隠された財宝のありかを突き止める過程は、ドラマオリジナルの解釈も加えて生き生きと再現されていました。
前半はまったく気乗りせず、完全オフ状態のホームズが途中からスイッチが入り、きびきびと捜査に乗り出すところが面白かったです。
マスグレーブ家の撮影は、ウォリックシャー州にあるバッダースリー・クリントンなどで行われました。
Contents
第17話「マスグレーブ家の儀式書」あらすじ
ホームズは大学時代の同級生レジナルド・マスグレーブに招かれ、ワトソンとともにサセックスにある広大な屋敷を訪れる。マスグレーブ家は先祖がチャールズ2世に仕えたという英国屈指の名門だった。
2人が屋敷に着いた夜、執事のブラントンが姿を消す。彼は博学でマスグレーブ家の歴史にも詳しかったが、昨夜遅く、図書室で一族に伝わる古い儀式書を盗み見しているところをレジナルドに見つかり、1週間後に出ていくよう言い渡されたばかりだった。
ブラントンの元婚約者で小間使いのレイチェルは、「彼は行ってしまった」と叫んで錯乱状態に。やがて彼女も姿を消してしまう。
ホームズは儀式書に事件を解く鍵があると見て、ワトソンやレジナルドとともに儀式書の問答が示す場所を探す。そして敷地内にある使われていない建物の地下に辿り着き、穴蔵に閉じ込められて窒息死したブラントンの遺体を発見する。
ホームズは聡明なブラントンが儀式書の秘密に気づき、マスグレーブ家の先祖が残した財宝を手に入れるため、レイチェルに協力させて地下室の石蓋を開けたのだろうと推測する。
だが財宝は見つからず、レイチェルは自分を捨てて別の女のもとへ走った元恋人への復讐心から、彼を地下に閉じ込めて立ち去ったと思われた。
レイチェルが池に捨てた袋の中には色あせた金属片と小石が入っていた。小石を磨くと宝石の輝きを取り戻し、腐食した金属片は古き時代の王冠だとわかる。
かつてチャールズ1世が処刑されたとき何らかの形でマスグレーブの手に渡り、いずれ王位に返り咲くチャールズ2世のために保管されたものと思われた。
ホームズとワトソンが屋敷を去った後、ブラントンの恋人ジャネットが池に浮かび上がったレイチェルの遺体を発見する。
登場人物はこちら
ネタバレ有「シャーロック・ホームズの冒険」各話あらすじ・感想・キャスト・原作比較・時代背景第17話の感想(ネタバレ有)
事件にしか興味がないホームズ
原作はホームズがワトソンに語って聞かせる“過去の事件”。ホームズが有名になる前なので、当然ワトソンとはまだ出会っていません。
ドラマでは、マスグレーブから招待を受けたホームズがワトソンを誘い、一緒に屋敷を訪れて事件に巻き込まれるという設定。原作では既に死んでいる執事のブラントンも生きていて、ホームズやワトソンの前で博学を披露し、笑いの種になっていました。
ホームズはこの訪問に乗り気ではなかったのか、ずっとブランケットにくるまって物憂げな表情。コカインに手を出しているところを見ると、田舎の澄んだ空気も歴史ある館も彼の興味を引かず、退屈で仕方なかったのかな。
ところがブラントンが失踪し、彼がマスグレーブ家に代々伝わる謎めいた儀式書を調べていたと知るやいなや、急に活気を取り戻すホームズ。目がギランとして、シャキッと立ち、意気揚揚と捜査に邁進します。このへんのジェレミー・ブレットの切り替えが素晴らしい。
終盤、ブラントンの遺体を見つけたホームズが謎解きをするシーンで、ホームズのいつもの癖(ブラントンになったつもりで想像する)をワトソンが得意げにマスグレーブに説明し、マスグレーブが二度見するシーンが可笑しかったです。
チャールズ1世の王冠
ブラントンが儀式書の謎を解き、地下室の穴蔵で見つけた宝物は、チャールズ1世の王冠でした。
チャールズ1世(1600~1649)は、スチュアート朝のイングランド王です。英国王室で唯一処刑された王としても有名です。当時流行の〈王権神授説〉で絶対王政を推し進め、政治や宗教の面でたびたび議会と衝突して、議会派のクロムウェルによって公開処刑されました(ピューリタン革命)。
チャールズ2世はチャールズ1世の次男で、母親の祖国フランスに逃れていましたが、11年後の1660年に帰国し即位しています。
儀式書は、かつてチャールズ2世の側近だったマスグレーブの先祖が、混乱のさなか王冠を預かることとなり、やがて復活する王に手渡すためにその隠し場所を伝えるものでした。
儀式書の問答「誰がものなりしか? 去りし人のもの」はチャールズ1世を指し、「誰がものたるべきか? 来るべき人」はチャールズ2世を指していたというわけです。
原作との違い
ここからは駒月雅子さん訳の角川文庫版『シャーロック・ホームズの回想』に収録されている「マスグレイヴ家の儀式書」をもとに、ドラマと原作との違いを見ていきます。
発表は1893年、短編の中では18番目の作品にあたります。
ワトソンの悩み
ドラマはホームズとワトソンが一緒にマスグレーブ家を訪ねるところから物語が始まりますが、原作はワトソンの“愚痴”から始まります。
ワトソンは「これほど同居人を悩ませる男も珍しい」と、ホームズの生活習慣に対する不満を連ねています。その内容(ホームズの奇行)がけっこう笑えるんです。
- タバコをスリッパのつま先に詰める
- 未返信の手紙を暖炉の上の棚にジャックナイフで突き刺す
- ピストルの射撃練習を室内でやり、“V・R”(ヴィクトリア女王の名前Victoria Reginaの略)という文字の弾痕を壁に残す
- 事件が解決すると無気力になる
- 過去の事件に関する資料を捨てず、整理もしない
“V・R”の弾痕は有名なので知ってましたが、ここで登場するエピソードだったんですね。
たまりかねたワトソンはある冬の晩、「これから2時間かけて部屋を整頓しないか」とホームズに提案します。するとホームズは寝室から大きなブリキ箱を持ってきて、「ここにあるのは全部、まだ半人前だった頃に手掛けた事件だ」と言います。
そして中から丸めた紙切れや錆び付いた金属片を取り出し、マスグレーブ家の儀式書をめぐる事件の記念品だと言って、まんまとワトソンの気を引くことに成功します。
部屋の片付けどころではなくなったワトソンは、ホームズをせかして事件の話を聞くことになるのです。
ドラマの序盤、ホームズとワトソンが馬車の上で交わした会話が、原作と少しリンクしていましたね。
「部屋を片付けろと君がしょっちゅう脅すからだ」
「しょっちゅうじゃないだろ」
「だから決心したんだ。この際、週末を利用して整理しようってね。初期の仕事を」
ホームズの足元の箱には、ワトソンと知り合う前の“初期の事件”の資料が入るようで。目を輝かせ、「もっと前に見たかった」と言うワトソンに、箱の上に足を乗せてイジワルするホームズが子供っぽくてちょっと可愛かった。
若かりし日のホームズ
ドラマは現在進行形で描かれましたが、原作はホームズの回想という形を取っていて、実際に事件が起きたのはホームズが大学を卒業して4年後のこと。
当時ホームズはモンタギュー街の下宿部屋に住んでいて、暇を持て余していました。「この稼業が軌道に乗るまでは気が遠くなるほど長い辛抱をさせられたよ」と当時を振り返るホームズ。
さすがにその頃の青年ホームズをジェレミーさんが演じるわけにはいかないから、ドラマでは設定を変えて現在の事件になっていました。
大学時代の友人だったマスグレーブは、ある日ひょっこりホームズの下宿を訪ねてきて「君の助言が必要なんだ」と言います。そして執事とメイドの失踪、池から見つかったガタクタが入った袋のことを話します。
すぐに「儀式書」の重要さに気づいたホームズは、マスグレーブと一緒に屋敷へ向かい、儀式書が示す場所を探し当てます。そして地下室の穴蔵に閉じ込められていた執事の遺体を発見し、事件を解決しました。
マスグレーブ家の儀式書
ドラマでは、儀式書にある「樫の木」が本物の樫の木ではなく、館の屋根の上に設置されている「風向計」を指していました。これは原作とは違っています。
原作では敷地内にある樫の老木がそれで、ホームズがあっさり見つけています。しかし何百年も経って同じ大きさということはありえないでしょうから、ここは疑問を感じる部分です。ドラマで風向計に変更していたのもその点を考慮してのことだと思います。
ドラマではホームズ、ワトソン、マスグレーブの3人が地下室の穴蔵に辿り着き、石蓋を開けてブラントンの遺体を発見していますが、原作ではホームズとマスグレーブの2人で捜査を行い、警察官の立ち会いのもと石蓋を開けています。
王冠とレイチェルの行方
マスグレーブの先祖が穴蔵に隠した宝物は、今や色あせ、ガラクタのように見えました。そのため最初に発見した執事のブラントンも、彼から受け取ったメイドのレイチェルも、宝物とは気づかずに池に捨ててしまいました。
池で見つかったガラクタを調べ、宝石と王冠であることに気づいたホームズ。その王冠は、法律上のややこしい問題を経てマスグレーブ家が所有権を認められ、彼の屋敷に保管されていると言います。
失踪したレイチェルについては「おそらくイギリスを離れ、罪の記憶とともに海の向こうへ渡ったんだろう」と推測し、物語は終わっています。
ところがドラマではこの続きがありました。森番の娘ジャネット(執事ブラントンが乗り換えた相手)が池でレイチェルの遺体を発見するのです。遺体が浮かび上がってくるシーン、ちょっと怖かったですね。
- 登場人物
- 第1話「ボヘミアの醜聞」
- 第2話「踊る人形」
- 第3話「海軍条約事件」
- 第4話「美しき自転車乗り」
- 第5話「曲がった男」
- 第6話「まだらの紐」
- 第7話「青い紅玉」
- 第8話「ぶなの木屋敷の怪」
- 第9話「ギリシャ語通訳」
- 第10話「ノーウッドの建築業者」
- 第11話「入院患者」
- 第12話「赤髪連盟」
- 第13話「最後の事件」
- 第14話「空き家の怪事件」
- 第15話「プライオリ・スクール」
- 第16話「第二の血痕」
- 第18話「修道院屋敷」
- 第19話「もう一つの顔」
- 第20話「六つのナポレオン」
- 第21話「四人の署名」
- 第22話「銀星号事件」
- 第23話「悪魔の足」
- 第24話「ウィステリア荘」
- 第25話「ブルース・パーティントン設計書」
- 第26話「バスカビル家の犬」
- 第27話「レディー・フランシスの失踪」