アンという名の少女【シーズン1】第2話|素直になれないマリラ

アンという名の少女【シーズン1】

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海外ドラマ「アンという名の少女」シーズン1第2話のあらすじと感想です。

原作にはない、オリジナルのストーリーが展開された第2話。

誤解によってアンを追い出してしまったマシューとマリラ。マシューはアンを追って孤児院のあるノヴァスコシアへ向かい、マリラは激しい後悔に苛まれながら2人の帰りを待ちます。

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第2話「私は罠にはかからない」あらすじ

マシューは知り合いのサムの荷馬車に乗せてもらい、シャーロットタウンへ向かう。マシューが帰ってこないことで、マリラは心配でたまらず落ち着かない。

アンは孤児院の前まで辿り着くが、いじめられていた記憶が蘇り、孤児院には戻らないことを決める。翌朝、アンは牛乳配達のエイブリー氏に声をかけて馬車に乗せてもらい、駅へ向かう。

マリラは馬車で2人を探しに行こうとするが、リンド夫人に止められる。私のせいで2人が行き倒れているかもしれない、と取り乱すマリラを説得し、家で待つよう促すリンド夫人。

マシューはシャーロットタウンに着き、懐中時計を売って2人分のフェリーの往復運賃と汽車賃を用立てる。ノヴァスコシアの孤児院で寮長に会うが、アンは戻ってきていなかった。

牛乳配達のエイブリー氏からアンのことを聞き出し、駅へ向かうマシュー。アンは汽車を待つ客に声を掛け、詩の暗唱をして汽車賃を稼いでいた。

マシューはアンを見つけて声をかけるが、あらぬ疑いをかけられ追い出されたアンは傷つき、家に戻ろうというマシューを拒む。

2人のやりとりを見ていた男に人さらいと勘違いされたマシューは、「その子は私の娘だ」と言い切る。マシューに抱きつき、泣き出すアン。

2人はグリーン・ゲイブルズに戻ってくるが、マリラは素直に喜びを表すことができず、アンに冷たい態度を取ってしまう。優しい言葉を期待していたアンは落胆し、「また追い出されるかもしれない」とダイアナに不安を漏らす。

マシューとマリラはアンを連れてピクニックに参加する。ダイアナの両親は孤児のアンを騒動を起こす種だと懸念し、ダイアナにアンと親しくするのをやめさせる。

ピクニックに集まった人々は口々にアンの陰口を叩き、いたたまれなくなったアンはその場から逃げ出す。泣きじゃくるアンに声をかけるマリラだが、どう言えばいいかわからない。

アンに「どうして私を連れ戻したの?」と問い詰められたマリラは、「あなたが必要だからよ」と答え、ブローチを盗んだと疑ったことや、追い詰めて嘘をつかせたことを謝罪する。

マリラとマシューはカスバート家にアンを迎え入れることを決め、アンを呼んで木イチゴのジュースで乾杯し、家族聖書にサインさせる。

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アンという名の少女【シーズン1】NHK放送「アンという名の少女」登場人物(キャスト)・あらすじ・原作・時代背景・予告動画

第2話の感想と解説

「私には私という家族がいる」

グリーン・ゲイブルズを追い出されたアンは、ブライト・リヴァー駅からひとりで汽車に乗り、シャーロットタウンへ。そこからフェリーで本土へ渡り、ノヴァスコシアの孤児院へと戻ってきます。

でも孤児院には戻りたくない…アンは孤児院の扉を叩くことなく、牛乳配達のエイブリー氏に駅まで送ってもらい、そこで詩の朗読をして汽車賃を稼ごうとします。

一方、マシューは怪我を負いながらも孤児院に辿り着き、そこでエイブリー氏からアンの話を聞かされて、ようやく駅でアンと再会します。

マシューを見ても、喜べないアン。何度も期待を裏切られ、深く傷ついていたアンは「家へ帰ろう」というマシューの手をふりほどき、あれほど欲しがっていた“家族”を拒みます。

「どうせまた気が向いたら追い出すんでしょ。私には私という家族がいる。それでいいの」

この言葉が、アンの心の傷と長い年月をかけて降り積もった孤独の深さを語っていますよね。胸が痛みます。

素直になれないマリラ

「私の娘だ」というマシューの言葉に、堪えていたものが溢れ出し、泣き出してしまうアン。2人はグリーン・ゲイブルズに戻ってきますが、マリラは喜びを素直に表すことができません。

家でひとりで待っているときのマリラは見ていられなかった。心配でいてもたってもいられず、掃除をしたりスコーンを焼いたりして家事に打ち込み、必死に不安を紛らわそうとしていたマリラ。おそらくほとんど寝ていないと思います。

今だったら携帯ですぐ連絡して「見つかったよ~」とか「今○○だよ~」とか簡単に知らせることができるけど、この時代にそんなお手軽アイテムはないのでひたすら無事を祈って帰りを待つしかない(携帯がない時代を知る人間にはちょっとわかる)。

無事に帰ってきた2人を見てホッとしているのに、その感情をそのまま伝えることができず、いつもの厳しく冷たい態度でアンを迎えるマリラ。

アンはマリラが喜んでいないと思い込み、「また追い出されるかも」という不安と淋しさから解放されません。再会したダイアナにも「期待はしない。離れた時につらいから」と告げるアン。

子育ての経験がないマリラには、ひとつひとつの出来事が初体験で、どうすればいいのかわからないのだろう。自分の失敗を認めて幼い子供に謝るというのも、彼女の年齢になると難しかったのかもしれない。

もう一度はじめから…

マリラとマシューはアンを連れてピクニックに参加しますが、アンは村の人々がささやく心ない言葉に傷つきます。

孤児というだけで疑いの目を向けられ、誰からも必要とされていないことに絶望するアン。このシーンも原作にはなく、孤児を取り巻く環境の厳しさを思い知らされます。

「どうして連れ戻したの? 私なんていらないのに!」と泣きながらマリラに問うアン。マリラは初めて自分の思いを言葉にします。

「私の勘違いであなたに辛い思いをさせた。それなのによく戻ってくれたと思う。もしも私を許してくれるなら、もう一度はじめからやり直しましょう」

マリラが心を開いてアンを受け入れたとき、ようやくアンはマリラを信じることができ、グリーン・ゲイブルズが自分の帰る場所であることを知ります。

原作との違い

今回も原作との違いについて、松本侑子さん訳の文春文庫版『赤毛のアン』をもとに見ていきます。ちなみに原作では、ここまでで全体の三分の一。

ブローチ騒動

マリラのブローチを盗んだと誤解されたアンは、孤児院に追い返されます。原作ではアンが家を追い出されることはなく、アンが孤児院へ戻る場面も、マシューが連れ戻しに行く場面もありません。

原作のマリラは早い段階でアンを引き取ると決めたので、その後はひたすら「アンをどう教育するか」で頭を悩ませるのです。

ドラマではアンに対してなかなか素直になれないマリラの葛藤が描かれていましたが、原作のマリラはブローチが見つかった後すぐアンに謝っていて、アンをピクニックに送り出した後、「アンがいる家では、決して退屈しないってことは確かですよ」とマシューに語る場面で終わっています。

ピクニック

マリラとマシューと一緒にピクニックに出かけたアンは、村の人々の心ない言葉に傷ついて逃げ出してしまいます。この場面は原作にはありません。

原作ではブローチが見つかった日がピクニックの日で、マリラがすぐ手配してアンをピクニックに行かせ、アンは楽しいひとときを過ごして帰ってきます。

カスバート家の聖書

アンを正式な養子にすることを決めたマシューとマリラは、アンを呼んでカスバート家の聖書に「アン・シャーリー・カスバート」と署名させていました。

この場面は原作にはなく、アンが「アン・シャーリー・カスバート」を名乗ることも、呼ばれることもありません。

原作では、アンがダイアナと会う前に、ひとりで日曜学校へ行くシーンがあります。セーラー帽に道で摘んだ花を飾って教会へ行き、リンド夫人を仰天させたというエピソードです。

ちなみにカスバート家は「長老派教会」の信者であることが原作に書かれています。長老派とは、キリスト教プロテスタントの一派。1567年にスコットランドの国教会となり、主にスコットランドと北米のスコットランド系に広まりました。

当時、カナダ全体では英国国教会が主流でしたが、スコットランド系が多いプリンス・エドワード島では「長老派」が優勢でした。

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